人間の“本能”を問う『カルメン』劇
――ではいよいよ、新作『カルメン』についてうかがいます。本作はメリメの小説が原作ではありますが、ビゼーのオペラ版などよく知られたバージョンとは違って、ヒロインが人生の目的を見つけ、そのために命を懸ける“自己実現”的なストーリーですね。既に本読みが始まっていらっしゃるそうですが、作品にはどんな印象をお持ちでしょうか?『カルメン』写真提供:ホリプロ
――終盤、カルメンのソロの歌詞に“自由”という言葉が出てきますが、それは現代人の感覚とは比較にならないくらい重い意味を持っているわけですね。
「何をもって“自由”と言うかですよね。彼らは人としてカウントされてない、ということはいつ殺されても誰も咎めない。いてもいなくても同じ状態で定職がないわけですから、盗みを働くこともあったかもしれないし、男性に対しても本能で男の本能を動かそうとする。表現としては強く見えるかもしれないですね。(遊びでじゃれ合うのではなく)もっと深いところで絡まっているのかなと思います」
――ナンバーの中で特に胸に刺さるものはありますか?
「カルメンの(自分の生き方を歌う)ソロ“もしも叶うなら(If I Could)”は特にいいですよね。彼女は常に孤独で、だからこそ人の肌を求めるけど、それがすべてではないと分かっていて、所有はされない。女である武器は使うけれど自分が求めているのはそこではない。……動物的、本能的ですよね、説明はいらない。求めていた生き方をしたらこうなったということなのでしょうね。ホセという、魂レベルで繋がれる人とは出会ったけれども、それも一つのきっかけでしかなくて、生まれ変わりがあるならまた彼女は自分のやりたいこと、権利を求めて生きていくのだという、独特の感性が歌われています。日本人にはなかなか理解しにくい感性がベースにあるので、1か月の稽古期間をかけて、私がどれだけ理解してパフォーマンスに滲み出していけるか。稽古をしながら、その時、その時に芽生えてくる自分の本能的な感覚をキャッチし続けていきたいです」
――そのためには共演者との化学反応も大切になってくるでしょうか。
「それは大事ですよね、それが無いと次が無いですね。心に幕を張った状態で稽古してても進まないと思うんですよ。演出家の小林香さんも、緊張したり頑なにポーズするのはやめてくださいとおっしゃっていました。とにかく何でも言い合って自分を出して、そこからやっていきましょうということで、スタイルでは入っていけない世界を作りたいんじゃないかと思います。ホセ役の清水良太郎さんは、大きなミュージカルは初めてですが、吸収がものすごく速い。これまで本読みを二回やっていますが、二日目は全然違っていました。彼との愛がどんな愛になるのかは、現時点ではまだ未知数ですが、立ち稽古に入ってどんどんお互いをさらけ出していくうちに、人生のベースにあるものが響き合って一つの形になっていくのでしょうね」
――小林香さんはどんな演出家ですか?
「青写真をしっかり持っていらっしゃって、それをいろんな語彙を使っていろんな方向からキャストに的確に伝える方です。今はどういうシーンで、何が足りないので何を準備してきてほしいといったことを確実に伝えて下さるので、すごく分かり易いです。どのようなタッチの芝居を求められるのか、立ち稽古に入ってゆくのがとても楽しみです」
“ワイルドホーンの楽曲”という難所
――作曲はフランク・ワイルドホーン。濱田さんは『ボニー&クライド』『ジキル&ハイド』『アリス・イン・ワンダーランド』『モンテ・クリスト伯』等で彼の作品を歌ってこられましたが、これまでの作品と比べて本作の音楽はいかがですか?『ジキル&ハイド』写真提供:ホリプロ
――ワイルドホーンは歌い手にあわせて曲を書き変えることもあると聞いています。
『モンテ・クリスト伯』写真提供:東宝演劇部
――現時点で、『カルメン』をこういう舞台にと思い描いているものはありますか?
「お客様が観終わった後、心に何か熱いものがどんと残ったり、深く刺さったりして、“もう一回観たい、この世界に入ってみたい”と思えるような舞台にしたいですね。人として懐かしいというか、人間の本質に触れられたなという、深い感動。何かが自分の中でぐわっと動くような作品になったらいいなと思っています。この世界観に浸ることによって、今後の生活の中で、もっとシンプルに、もっと素直に生きてていいのかなというヒントが見えてくるといいですね。
演じる側としては、きっと皆がすべてをさらけ出す、赤裸々で恥ずかしい稽古場になると思うんですよ。でもそれを舞台に乗せた時に、嘘のない、いわば原始に近い(人間たちの)舞台になるといいな。今までの舞台とはちょっと異質な、エンターテインメントというより、必死に生きている人間たちを観ていただくような舞台になるのかなと思います。役者たちがそこで何を感じ、それによって起きるドラマにどう反応していくかを、リアリティを持ってお見せできれば。そこで重要になってくるのが、キャラクターの情報源であって、今回は1830年代のスペイン、人種差別がある中で生きる人たちの葛藤を大切にしていきたいです」
*次ページでこれまでのキャリアについて、そして濱田さんの演技観……人生観を語っていただきました。