吉原光夫 1978年東京都生まれ。高校卒業後、日本工学院八王子専門学校に入学。99年に劇団四季研究所に入所し、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『ライオンキング』『ユタと不思議な仲間たち』などに出演。07年に退団し、09年にArtist Company響人を創設、演出も手掛ける。『レ・ミゼラブル』(11、13年)、『ザ・ビューティフル・ゲーム』(14年)など様々な舞台で活躍している。(C) Marino Matsushima
事件を目撃し、ギャングに追われる奔放な歌手デロリス。逃げこんだ修道院で、彼女は慎ましい修道女たちと次第に心を通わせるが……。笑いと涙とスリルを織り交ぜ、ウーピー・ゴールドバーグ主演で大ヒットした映画『天使にラブソングを…』のミュージカル版『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』が、遂に日本で初演されます。騒動のもととなるギャングのボス、カーティス役を大澄賢也さんとWキャストで演じるのが、吉原光夫さん。11年、13年上演の『レ・ミゼラブル』でバルジャン、ジャベールを演じ、シリアスなイメージが定着している吉原さんですが、今回は冷酷非道のようでいて、どこか間抜けなボス役。どう取り組んでいらっしゃるでしょうか。
コワモテなのに“一生懸命”な姿が笑える親分役に
――『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』映画版は、以前からご覧になっていたそうですね。「大好きですね。僕の好きな役者、ハーベイ・カイテルが出ているのがきっかけで観たのですが、(公開された92年の)当時あまりミュージカル映画が無かったなかで、音楽とともに流れていく感じがすごく良かったですね。主人公のデロリスが修道院に入って行って、(実社会への)門を開いていく。バリケードを壊すシーンが象徴だと思うけど、アメリカのキリスト教社会への風刺も厭味なく描かれていて、最後にはローマ法王まで(デロリスたちの聖歌を聴いて)リズムを刻むという展開が、僕としてはハッピーで良かったですね」
――ギャングのボス役は映画版では白人ですが、舞台版ではアフリカ系の方が演じていたようですね。
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』ギャングのボス、カーティス役の吉原さん 写真提供:東宝演劇宣伝部
――彼は事件の現場を見られたことでデロリスを追いかけますが、もともと彼女は自分の愛人ですよね。親分なら女性に不自由しないであろう中で、なぜデロリスに惹かれたのでしょう?
「基本的には、そこを大きく掘り下げる必要はないのかなと今の時点では思ってます。カーティスにとってデロリスはただ“女”。でも男って、相手が離れていくと取り戻したくなったりする、そういうものじゃないですか。彼は特にそういうところが強いような気がします。
でも、今回のデロリス役の(Wキャストの)瀬奈じゅんさん、森公美子さんはそれぞれとても魅力的な方なので、それをふまえた関係をうまく作っていけたらいいなと思います。瀬奈さんは初共演だけど、共通の知り合いがいて楽屋でお話したことはあって、ほんとに飾り気のない素敵な女性です。モリクミさんは『レ・ミゼ』の時に僕が若いのに座長をやっていて、判断に困ることが出てきたときに相談をしたり、つらかったときに差し入れを持ってきてくれたりと何かと世話を焼いてくれていた方で、(下手をすると)“お母さん”的に思ってしまうので、そこは注意して変えていかないと。テレビでは豪快なイメージがあるかもしれないけど、きれいなものに対する美意識であるとか男性を見る目はとても女性的で知的な方なので、そのあたりがうまくひっぱりだせるといいなと思ってます」
――カーティスの造型はどう考えていらっしゃいますか?
「まだ分からない部分もあるけど、コメディだからといってただのバカに作るのではなくて、やることの一個一個に伏線を張っていけたらいいなと思っています。観ていて笑っちゃうほど馬鹿な人って“一生懸命”だと思うんですね。彼もたぶん女に対して、ステイタスに対して一生懸命な人だと思うんで、そこが出せたら面白いんじゃないかな。コメディって、難しいですよ。これまで何本かやっていますが、特にストレートプレイでやるのは恐ろしいですね。名優が揃わないと無理なんじゃないかなと思います。(脈絡なく)笑いを取りに行くのはたぶん簡単だと思いますけど、作品の中でホットに笑わせるというのは相当の技術と経験とセンスがないとできないし、やっちゃいけないなと思うので、今回チャレンジして無理だったら二度とやるのをやめようと(笑)。役者としては“今回重くないから”とか“最後は盛り上がって終わるし”と思いがちだけど、これが一番怖い。真剣に取り組んでこそ笑える(ものになる)と思えますね」
――舞台版の作曲はアラン・メンケン。『美女と野獣』で親しんでいらっしゃいますね。
「『美女と野獣』はガストン役で出たことがあって、大好きな作品ですね。一生の当たり役なんじゃないかなと思うくらい、いい思い出しかない作品です。ミュージカルって、ストーリーとかこのナンバーだけとか、パーツが良くてもコンプリートでいいと思う作品はなかなかないと思うんですけど、ロイド=ウェバーの作品や『レ・ミゼ』、それにこの『美女と野獣』はコンプリートで素晴らしいと思うし、“人は見た目で判断してはいけない”というメッセージを伝えるのにあの音楽をつけたのは凄い。それに(舞台版は)アニメより楽曲が増えてるのに、アニメからぶれてないのが凄いなと思いましたね。
今回、音楽は映画版の曲は使わずオリジナルと聞いていてちょっと心配だったんですけど、聴いてみたらすごくホットで、メンケンはこういう曲も書くんだと意外でした。僕、音楽はけっこう幅広く聴いていて、先日記者会見で村井(国夫)さんが“僕らの時代の音楽”とおっしゃっていましたが、そういった音楽も僕は結構知ってるんですよ。とても耳触りがいいですね。だからといって自分がうまく歌えるか……は、自信ないです(笑)」
――どんな舞台になりそうでしょうか?
『シスター・アクト~天使にラブ・ソングを~』写真提供:東宝演劇宣伝部
“あの作品に出たい”一心でワカメにもなった修業時代
――吉原さんはもともとバスケットボールの道を志していたのが、演劇に転向されたのですよね。なぜ演劇だったのでしょうか?「楽そうだな~と思って……というと皆さんがっかりされるんですが、本当のこと言わなくちゃいけないですよね(笑)。バスケの強い高校に推薦で入学して、ホープだとか言われてちょっと調子に乗ってたんですよ。大学もそのまま体育推薦で行けると思ってたから、勉強なんか一切しないで夜は遊んで昼間、授業中に睡眠。人生楽勝だなんて思っていたら、天の雷が僕に降りまして。ちょうど強い奴が揃っていた時代で、ポジションは変えられるわ、セレクションからは落ちるわ、推薦で行けるのはとんでもない遠方の短大しかないと先生に言われまして。絶対行きたくないと思って、暴走族とかやってふざけてたらうちのおやじがぶちぎれて、今でも忘れない、ストーブに顔を押し付けられて……殺されると思いましたけど(笑)、“専門学校だけは面倒見てやるから、どこでもいいから行け”と言われて、専門学校の資料を投げつけられたんです。
どこか楽な専門学校ないかな。演劇部って楽そうだな。人前に出ること嫌いじゃないしな。芸能人になってお金たくさん稼いでみよう……という浅はかな考えで、一番キャンパスがきれいな学校を選んで行きました。でも一日目のレッスンで、“ここは海です。みんな海の生物になりなさい”と言われて、それこそ『コーラスライン』のディアナのエピソードですよ。みんな汗だくになりながらワカメとかタイになってたけど、僕は“無理だ、演劇”と思ってすぐ退学届を書いて印鑑をオヤジの箪笥から盗んで押して、持っていって、最後に一つ、みんなとも仲良くなったから出ようと思って出た授業で、先生に“私の一番好きな作品を見せます、そのほうが私のことを分かってもらえると思うので”と言われて、レーザーディスクの上映が始まったんです。一番後ろの席で、当時ドレッドを巻いてたんで指で巻きながら観始めたんですけど、終わった頃には一番前の列に移ってました。
それが『ジーザス・クライスト=スーパースター』でした。人生で初めて衝撃を受けましたね、それまでミュージカルなんてダサいみたいなイメージがあったけど、それが一瞬にして消されました。エルサレムの山の上で黒人がロック歌ってるのがびーんとしびれて。“これに出たいんですけど”と先生に相談したら“劇団四季に入れば出来る”と言われて“どうしたらいいですか”“全部のレッスンに出なさい”。人生で初めて休まずに学校を皆勤して、ワカメにもなり、概論とか演劇史にも全部出て、おふくろが泣いて喜びました。それほど、ジーザスに惚れたんですね。“一人ジーザス”とかやってました。一人で全部歌ったりして」
*次ページでは特に思い入れの深い『ジーザス・クライスト=スーパースター』と『レ・ミゼラブル』、そしてご自身の劇団での活動について語っていただきました。まだまだ続きます!