関さんの作品といえば、香りのアプローチも特徴的です。
関>香りを使用しようと思ったのにはいくつか理由があります。舞台を観るときに使うのは、主に視覚で、あとは聴覚ですよね。でも本当はいろいろな所に匂いがあるはずで、“なんで嗅覚はないのか”と思ったんです。あと、今はテレビでも舞台映像やダンス映像を観ることができる。わざわざ会場に来ないとわからないものって何だろうと考えたら、やっぱり香りもそのひとつかなと。会場に来たからこそ味わえるものがお客さんにとっての楽しみになったり、作品を観るきっかけのひとつになれば。本当に米粒ひと粒くらいの可能性かもしれないけれど、それで舞台に足を運んでくれるひとが増えたら、という期待もあります。ただ、香りは凄く難しくて、見たくなかったら目を閉じればいいけれど、鼻は息をしている限り絶対に防ぐことができない。それはお客さんにとってある意味暴力的で、こちらから一方的に投げることが怖いなとも思っています。私自身も苦手な香りがあったり、そのせいで頭が痛くなったりしやすいタイプなので、お客さんにもそういう可能性があるかもしれない。
香りの演出は、『香りのデザイン研究所』の吉武利文さんにお願いしています。吉武さんが持って来てくださったサンプルを、ダンサーにも嗅いでもらって、頭が痛くなったり気持ちが悪くなるようなものはできるだけそうならないように、濃度を調整したりしています。心地よい香りだけを使おうとは全然考えていないんですけど、体調に影響しやすい香りというのもあると思っています。そことどう付き合っていくか。どこから流すか、強さはどうするか、もっと薄めた方がいいんじゃないかーーなど、ひとつひとつ吉武さんと相談しながら進めています。
吉武さんはいつも必ず劇場に下見に行って、目に見えない空気の流れを探ってくださるんです。それでも届かない人には届かないし、感じない人は感じない。風向きだけでだいぶ変わったりするし、だから怖くもあり、それがやっぱり香りなのかなと思います。
『ヘヴェルルッド』 (C)Kazuyuki Matsumoto
仕掛けはどうやって?
関>照明器具のように上から吊る機材があって、そこに香りを染み込ませた脱脂綿をセットして、ファンで風を出して飛ばしています。劇場の大きさや香りの種類によって台数は毎回違います。『マアモント』の初演時は会場が狭かったので、ダンサー自身に匂いを付けました。アンモニアのような動物臭を付けて、ダンサーが動くことで、お客さんによってはその匂いを感じるようにしたり……。『ケレヴェレム』の香りのイメージは、ひとつは湿っぽい匂い。嗅ぐと湿気を感じるような香りを考えています。もうひとつは、何かを思い出しそうになる匂い、時間が経たないと気がつかないけれど、何か知っているような、何かに繋がりそうな、何だっけ?というような香りをイメージしています。
吉武さんは香りのプロなので、私が知らない香りを沢山知ってるし、香りにまつわる話を教えてくれます。一緒にやっていて凄く面白いです。
『ケレヴェルム』はPUNCTUMUN(プンクトゥムン)というカンパニー名で出演されますね。
関>ダンサーの顔ぶれはあまり変わっていないのですが、プンクトゥムンという名前で公演をするのはこの作品からになります。プンクトゥムというのは、“無数の”とか“小さい点の集まり”という意味です。“UN”は“ひとつの”という意味で、あるひとつの物のなかに小さい点が沢山あるというのは、普段稽古で使っている身体のイメージにも近い。1mm単位で身体にいっぱい触覚が生えていて、その感覚がどう動いているか、といったイメージを使って稽古しています。あと、ひとつの作品をつくるとき、たくさんの個が集まってひとつの個ができるというイメージがあります。みんなそれぞれ個であって、みんながいないと私もできない。ひとりひとりがちゃんと立つ個人ということと、身体のイメージと、今回の作品のイメージとも少し近い感じがあります。
『Hetero』 (C)Kazuyuki Matsumoto
関さんご自身の普段の稽古はどうされてますか?
関>普段歩いているときに“どこから身体を使うか”と試したりと、日常と繋がっていることが多いです。あとはチャンスを見つけてバレエを受けにいくこともあります。ひとりの時や、ダンサーと稽古するときは、“誰かに身体の中を撫でられているような感じ”などイメージを用いながら、身体の使い方を見つけたり、感覚を起こしていきます。それと、最近一本歯下駄を買ったので、夫と奪い合って家で履いています。お遊びなんですが、履いていると身体の内側の筋肉を使っているようなザワザワした感じになるんです。