将棋のハンディ……手合割り
将棋のハンディ
<目次>
将棋はダウンハンディ
序文からもお察しいただけたかもしれない。「手合割り対局」とは「ハンディキャップマッチ」のことである。将棋に限らず、実力差のある2者が勝負をする場合は、ハンディをつけることによってスリリングな戦いが期待できる。その目的から2種類のハンディが存在する。1つは、下位者の力をアップさせるシステム(以後「アップハンディ」と記述)。もう1つは上位者の力を落として勝負させるもの(以後「ダウンハンディ」と記述)である。将棋はダウンハンディである。上位者の「香車」や「角行」などの駒をはずして対局する、いわゆる「駒落ち」システムが採用されているのだ。
普及している「駒落ち」
具体的にどのような手合割りになるのか説明しよう。日本将棋連盟によるアマチュアの「駒落ち」指標は上表の通りである。拡大してご覧いただきたい。様々な段級位差に応じてのハンディが定められている。日本将棋連盟だけでなく、多少のちがいはあれども全国各地の道場でも採用されているのが「駒落ち」である。もちろん地域の縁台将棋でも行われている。ゆえに私を含む多くのアマ棋士達が「駒落ち」体験者だ。むしろ体験したことのない将棋愛好家の方が珍しいだろう。いや、アマだけではない、プロも同様だ。プロ棋士になるには、まずプロ希望者の集まりである「奨励会(正式名称:新進棋士奨励会)」での戦いを勝ち抜かねばならない。そこでも「駒落ち」戦が採用されている。
ということは、奨励会出身のプロ棋士は全員「駒落ち」経験者ということになる。かように「駒落ち」は普及し、研究が進み、「定跡」さえもが存在しているのである。
湧いてきた「駒落ち」への疑問
アマ、プロを問わず普及している「駒落ち」対局。それは、将棋普及に大きな貢献をした。なにせ、棋力の違いがある二人が互角に対局できるのだ。「駒落ち」なかりせば、将棋そのものが廃れていった可能性も否定できない。当然、ガイドである私もその恩恵にあずかってきた一人だ。チェスにはない「駒落ち」こそ最高の手合割りだと何の疑いもなく、むしろ感心して指してきた。だが、あることをきっかけに「駒落ち」に対する疑問が湧いてきたのだ。それは子どもの一言だった。「角落ちはイヤなんです」
私は大分県別府市で子ども将棋教室「将星会」を開いている。教室では棋力差のある子ども達が対局する場面がある。Aくんは、かなりの腕前。Bくんはまだ初心者。Aくんの「角落ち」での対戦となった。その時Aくんは少しためらいながらも、こう訴えた。「先生、角落ちは……イヤなんです」
当然、私は尋ねる。
「どうして? 君とBくんの棋力の差なら角落ちでちょうど良い勝負になると思うよ。何か訳でもあるの」
そして、その理由こそ、私に駒落ちに対する疑問を持たせてくれるきっかけとなったのだ。Aくんはこう話してくれた。
「先生、僕、ずっと飯島流の練習をしてきました。角がないと、この戦法ができません。もっと飯島流が練習したいです。別の手合割りはありませんか」
彼が言う飯島流とは「飯島流引き角戦法」のこと。以前の記事「羽生善治の将棋の凄さ~羽生マジックの真実~」でも紹介した舛田幸三賞受賞棋士・飯島栄治による非常にすぐれた戦法だ。名の通り角を引いた陣形を組んでいくので「角落ち」では「引き角」戦法などできようはずがない。私は彼の主張にうなずかされた。
成長中の子ども達に「駒落ち」は向かない
子ども達の棋力を伸ばす。これは将棋教室の一つの役割である。Aくんは「引き角」戦法の研究を積んで強くなり、これからも棋力を高めようとしている。負けたくないからとわがままでハンディを拒んでいるのではない。さらに「引き角」を研究したいからこそ、別の手合割りを望んでいるのだ。この希望に、私は理を感じ、応えたいと思った。いろんな経験を積み、さざまな戦法を知る大人達にとっての「駒落ち」はハンディとしてふさわしいのかもしれない。いや、ふさわしいからこそ、これほど普及しているのだろう。だが、今まさに伸び盛りの子ども達に、そのまま当てはまるとは言い難い。Aくんの発言のように、むしろ、不適切とも言えるのではないか。あえて言いたい。成長中の子ども達に「駒落ち」は向いていないのだ。
ダウンハンディからの脱却
こんなサッカーのハンディキャップを想像してみてほしい。「強豪チームは左足だけしか使えない」こととする。この形式で試合が行われた場合、どうであろう。選手も観客もつまらないのではないだろうか。もう一つ例をあげよう。フォークボールを決め球にするピッチャーに対して、フォーク使用禁止。それで互角の勝負になったとしても、やはり、つまらないだろう。2例ともダウンハンディである。もしかすると、ダウンハンディはそういう根源的な課題を抱えているのではないか。疑問を抱いた私は、新しい手合割りを考案することにした。そう、「駒落ち」というダウンハンディから、下位者のパワーをアップさせるアップハンディへの転換である。
アップハンディへの試行錯誤
入門者(10級)と経験者(8級程度)の子が互角に戦えるアップハンディはないものか。パワーアップと言えば、成り駒である。そこで真っ先に考えついたのが下位者の「角」を最初から「馬」に変えておく方法である。これを「馬・手合い」と名付け、さっそく試してみた。 結論から書こう。失敗であった。多くの場合、上位者は序盤で自分の「角」と相手の「馬」を交換する手を発見する。そして早々に下位者の「馬」を盤上から消してしまうのだ。極端な例が初手からの△3四歩・▲7六歩・△8八角成である。「馬・手合い」は入門者にとって無意味に近い。私は肩を落とした。効果を上げた「特香・手合い」、しかし……
次に考案したのが新しく駒を追加する方法である。私は予備の駒に「特香」と書いた紙を貼った。裏には「特成香」と貼る。「特香」とは下位者に許された「特別香車」駒の略称である。下位者は盤上の2枚の「香」に加えこの「特香」を持つのである。「特香」は通常の「香」と同じ働きをするが、持ち駒であり、いつ何時、好きな時に打って良い。そして、上位者に取られても、上位者の持ち駒とならずに駒箱にしまうのである。名付けて「特香・手合い」である。 これは、うまくいった。入門期の子と8級程度の子がほぼ互角の成績で均衡し合ったのだ。予備の駒がなければダンボールを切り取って作ることもできる。効果を確信した私は、さらなる特別駒を導入すべく思案していた。だが……。この特香には、大きな欠陥があった。それは、パソコンソフトにデーターを残せないと言うことだ。「馬・手合い」対局ならば、盤面編集からスタートしてデーターが残せる。つまり、子どもでも、ソフトによる解析もできるのだ。ところが、「特香・手合い」だと駒を一枚増やすことになり、パソコンソフトは、それを認識してくれない。「特香・手合い」は効果を上げたが、私は暗礁に乗り上げてしまった。
たどりついた「と金・手合い」
何とかならぬものかと考え続けたあげく、ふと気付いたのだ。ハンディは、いろいろな級位差を考慮しなければならない。つまり、たくさんのバリエーションが必要なのだ。ならば、将棋駒の中で一番数の多い「歩兵」を用いればいいのではないか。そう、「歩」を「と金」としてスタートさせる「と金・手合い」である。どの「歩」を「と」に変えるかは下位者の作戦に任せる。そして、1級違いなら「と金1枚・手合い」とする。2級差なら「と金2枚・手合い」という具合だ(下図参照)。 「歩」は盤面に9枚並んでいる。つまり、9級差まで手合い割をつけることができるのだ。そして、この手合いならば、パソコンソフトが認識してくれる。つまりデーターとして分析できるのだ。もちろん、アップハンディであり、上位者の力を落とすものではない。私が求めていたすべての条件をクリアしている。「駒上げ」システムの誕生
思わぬ副産物もあった。「と金・手合い」はあきらめていた「馬・手合い」も有効にしてくれたのだ。「と金」と組み合わせることで角交換がしにくくなり、「馬」を活かせるのだ。また、見落としていたこともわかった。「馬・手合い」の失敗で最初からあきらめていた「竜・手合い」である。こちらは「と金」がなくとも、最初からは向き合っていない「飛車」なので交換がしにくかったのだ。こんなことも気がつかなかったのは情けないことだが……。よって、たとえば「と金2枚・手合い」を「竜・手合い」に変えるシステムも考えられる。私はこういう手合割りシステムの総称をダウンハンディの「駒落ち」に対し、アップハンディの「駒上げ」と名付けた。「駒上げ」は、あくまでも、わが子ども教室で採用している一例である。しかも、まだまだ研究開発中のシステムだ。
だから、残念ながら、皆さんの手合いとして有効かどうかは不明である。だが、「駒落ち」だけに頼っている「手合割り」に対して、薄暗くはあるが新しい道を照らす街灯の一つになりえるのではないだろうか。
育てていきたい「駒上げ」
「先生、別の手合割りはありませんか」の一言から始まった試行錯誤……。これだけは言える。ある時期の子ども達にとって「駒上げ」は「駒落ち」よりも有効な手合割りでありそうだ。そして、さらなる進化をすれば、大人にとっても有効な手段になるかもしれない。また「駒上げ」は従来の「駒落ち」との併用も可能だ。実際に、大分県子ども将棋ネットが主催する子ども大会では「角落ち・手合い」か「竜・手合い」のどちらかを上位者が選択できるシステムを一部試験的に導入している。私はこの「駒上げ」を子ども達と共に今後も研究していくつもりである。どうか、皆さんにも試していただきたい。そして、一緒に「駒上げ」を育ててほしい。
【敬称に関して】
文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。
- プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
- アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
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