谷口ゆうな 福岡県生まれ。9歳で地元のミュージカル児童劇団に入団。大阪芸術大学芸術学部舞台芸術学科ミュージカルコース卒業。在学中、兎町十三番地にて役者、歌い手、振付を担当。09年にNYで歌唱修行。主な出演作『ハイスクール・ミュージカル』『サイド・ショウ』『レ・ミゼラブル』『船に乗れ!』等。( C ) Marino Matsushima
最新作はロイド=ウェバーの『ザ・ビューティフル・ゲーム』
『オペラ座の怪人』のアンドリュー・ロイド=ウェバーが『We Will Rock You』の脚本家ベン・エルトンと組み、2000年に発表した『ザ・ビューティフル・ゲーム』。ロンドンではオリヴィエ賞最優秀作品賞にノミネートされながら、北アイルランド紛争というテーマの難しさからか、日本ではまだ1度しか上演されていない本作が、久々に登場。現在、熱気あふれる稽古が展開中です。1969年の紛争中の北アイルランドの首都ベルファーストを舞台に、サッカーに夢を託す少年とその恋人たちの青春を描いた物語の中で、一度聴いたら忘れられない美しいナンバー「God’s Own Country(神の国)」を歌うのが、今年『レ・ミゼラブル』のマダム・テナルディエで一躍注目を集めた谷口ゆうなさん。今回はアンサンブル役でオーディション役を受けたものの、演出家、藤田俊太郎さんが“ぜひ歌ってほしい曲がある”と望み、“プロテスタントの少女”役に決まったのだそうです。
――『ザ・ビューティフル・ゲーム』は以前からご存じだったのですか?
「前回の日本公演も観ていて、今回また公演があると聞き、オーディションがあるなら絶対受けたい!と思っていました。特に『神の国』は好きな曲でしたが、まさか自分が歌わせていただくことになるとは思っていなくて、とても有難いし、嬉しいです。稽古はまだ(合流して)数日目ですが、すごくいいですよ!(本番までまだ一か月以上あるけれど)既に色や風景が見えるというか。サッカーチームで唯一プロテスタントのデル役、平方元基くんと同じ場面に出ているのですが、演出やステージングの効果もあって、彼が皆と違う色の中にいるように見えたりするんです。まだ手探りではありますが、演出の藤田さんも“絶対こうだ”とはおっしゃらず導いて下さるので、皆、信頼関係ができていると思います」
『ザ・ビューティフル・ゲーム』製作発表にて。前列左から演出の藤田俊太郎、野田久美子、大塚千弘、フランク莉奈、谷口ゆうな、後列左から中河内雅貴、藤岡正明、馬場徹、平方元基、小野田龍之介、吉原光夫。撮影:阿久津知宏
「出演が決まってから資料を集めて勉強してきましたが、当時の状況、例えばピース・ラインがあって、そこを境にプロテスタントとカトリックが別れて暮らすといったことが今も続いている……ということに驚きました。生まれながらに、同じ国の中で線を引かれて生きているってどういうことなのか、日本にあてはめるとどういうことなのかいろいろ考えるのですが、これ!と思うものがなかなか探し当らなくて。もしかすると最後まで、(北アイルランドの人々の)心の奥底はわからないかもしれませんが、私たちなりに“越えられない困難は無い”ということはお客様に伝えられるかな、と思っています」
――ロイド=ウェバーの音楽はいかがでしょうか。
「(複雑で)難しいというイメージがあったのですが、実際に歌ってみると、表現したい感情と歌詞と音楽とが、ぴったり三位一体になっているんですよね。歌詞が一番(聴き手に)伝わるメロディを作る天才だと思います。今回、(ヒロイン役の)大塚千弘さんと歌わせていただく『神の国』は、ミュージカルではなかなかない、女性二人のデュエット。きちんと消化してちゃんと歌えるように、また“プロテスタントの少女”という役名なので、少女に見えるように……(笑)。もう少しすると若い役は厳しいし、逆に少し前だとマダム・テナルディエのような年上の役は難しすぎたし、今は年齢にとらわれずに挑戦できるいい時期なのかなと思うので、今できることを信じて一生懸命取り組みたいです」
無欲な「普通の女の子」が、気が付けばプロのミュージカル女優に
――谷口さんは9歳で地元、福岡の児童ミュージカル劇団に入られたのですね。「情けないことに、私の人生は周りの方に背中を押してもらうことばかり。劇団に入ったのも、父が新聞で募集告知を見て『こういうところにはどんな子が受けにくるのか見てみたい』と興味を覚えて、そこを覗く口実に私が連れられていったんです(笑)。試験に受かってしまって、夏休みには福岡のメルパルクホールという大きな劇場で毎年公演をするのが楽しくて、高3までそこにいました。
少女時代の谷口さん。「子供の頃から大柄でした」。写真提供:谷口ゆうな
(ここで、谷口さんの事務所オフィス・ミヤモトのプロデューサー、宮本善美さんに、谷口さんスカウトとそれ以降のお話をうかがいました。)
宮本「舞台の彼女を観て、大学生じゃなくて一人だけプロが混じっているのかと思ったんです。この子は凄いと思い、『東京に出てくる気ある?』と声をかけました。それからは『ハイスクール・ミュージカル』『サイド・ショウ』などに出演しては来ましたが、まだまだ子供で (笑)。(成長が)スロウだなあと思っていたら、アンサンブルで受けた『レ・ミゼラブル』のオーディションで、英国のスタッフから “ マダム・テナルディエの曲を歌う様子をビデオに撮って(プロデューサーの)キャメロン・マッキントッシュに見せたいので、もう一度来て”と言っていただいて。20代だし、マダム役は年齢的に難しいんじゃないかと思っていたら “決まった”というので、びっくりしながらも嬉しかったです」
多くのものを得た『レ・ミゼラブル』体験
(以下、再び谷口さんに)――ということはやはり、『レ・ミゼラブル』が谷口さんにとってターニングポイントだったのでしょうか?
『レ・ミゼラブル』 写真提供:東宝演劇宣伝部
――今回のプロダクションは特に、キャストの皆さんがぎゅっと団結されているなと感じました。
「カンパニーの皆は“同志”みたいな感じでした。(稽古から開幕序盤にかけて)本当にいろいろなことがあったので、誰かを“下げる”ようなことを思う暇なんて全くなかったですね。滑り落ちそうな人がいたらどんな状況でも手を差し伸べてひっぱりあげなくちゃ、という運命共同体的な雰囲気で。ジャン・バルジャン役の吉原(光夫)さん、福井(晶一)さん、(キム)ジュンヒョンさんも偉ぶらず、本当にいい方々でした。吉原さんは今回、『ザ・ビューティフル・ゲーム』でもご一緒していますが、(サッカーチームの監督でもある)神父役がぴったりです。人の心を束ねる、求心力のある方で、稽古場で吉原さんが話し始めると、思わずみんな振り向いて聞き入ってしまう。人間としてすごい、と思います」
自分を見つめながら、一つ一つ引き出しを増やしていきたい
――話は前後しますが、『レミゼ』出演前に1年間、NYで武者修行もなさったのですよね。どんな滞在でしたか?「以前から英語は好きだったし、父が(添乗員という)仕事柄英語ができるので、困ったら助けてもらえるかなと思って(笑)、とりあえず単身乗り込んでみました。まずは自分に合う歌の先生を探そうと思って知人に何人か紹介していただいたのですが、まずは英語で電話をかけてアポをとるのが難しかったです。
レッスンを受けつつ、舞台を観まくったり、『STOMP』に出演されていた日本人キャストの方のパフォーマンスユニットのために歌をレコーディングしたり、ドッグシッターのバイトをしていたのでセントラルパークで大型犬を8頭も連れて走ったり(笑)、公園にタップシューズを持って行ってタップを踏んだり……。せっかく行ったのだからと思って、いろんなことをやりました。
帰国して周囲からは『歌い方が変わったね』と言われました。発声を根本的に変えたりはしていなんですが、現地で、私のバックグラウンドを全く知らない先生に歌を聴いて指導してもらえたのが良かったのかもしれません。自分を見つめなおす機会になったと思うんです」
――今後、どんな女優を目指していらっしゃいますか?
「私は性格的に、目の前にあることしか頑張れないのですが、その時その時は“たとえ一睡もしなくても頑張れる”派です。ちょっと前までは、目の前にある壁は迂回したい……とついつい思っていましたが、(マダム・テナルディエ役を経て)壁を乗り越えるからこそ見えるものもある、と今では実感できます。これからも、“無理無理!”な壁が現れてくると思いますが、私を支えてくれる身近な人たち、例えば家族とか宮本さんとかが私のやっていることを見て喜んでくれるのが、私の一番の“やる気の源”です。そうなるように、一つ一つの仕事を充実させるのはもちろん、旅に出たりきれいなものを見たりと、人生の引き出しも少しずつ増やしていけたら……と思っています」
舞台上では豪快な演技を見せ、稽古場では隣り合う人に気さくに話しかけるムードメーカーながら、実は『レ・ミゼラルブル』の舞台袖でも毎日手が震えていたほど、「緊張する性格」だという谷口さん。そんな多面的な彼女だからこそ、これまで着実にチャンスをものにして来れたのかもしれません。これからどんな花を咲かせてゆくのか、楽しみな新星です。
*公演情報*『ザ・ビューティフル・ゲーム』2014年1月31日~2月11日=新国立劇場小劇場
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