ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

気になる新星インタビュー vol.5 谷口ゆうな(2ページ目)

今年新生なった『レ・ミゼラブル』では、大役初体験のキャストが清新な舞台に大きく貢献していましたが、その一人が谷口ゆうなさん。迫力あるマダム・テナルディエで、一躍注目を集めました。続いて『船に乗れ!』では女子高生を演じ、その千秋楽翌日には『ザ・ビューティフル・ゲーム』の稽古に合流。乗りに乗っている期待の新星に、「これまで」と「今」をお話しいただきました。*観劇レポートを追記更新しました!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

『ザ・ビューティフル・ゲーム』観劇レポート
北アイルランドの青春群像を鮮やかに普遍化する、ダイナミックな舞台

『ザ・ビューティフル・ゲーム』記念撮影をする少年たちundefined写真提供:オフィス・ミヤモト

『ザ・ビューティフル・ゲーム』記念撮影をする少年たち 写真提供:オフィス・ミヤモト

舞台は1969年のベルファースト。テロと暴力が日常茶飯事の、いわゆる「北アイルランド紛争」の真っただ中です。そんな状況下でも、プロサッカー選手を目指すジョンはじめ、少年サッカーチームのメンバーたちは無心にボールを追い、初めての恋に胸ときめかせますが、紛争は容赦なく彼らの夢を奪ってゆく……。『The Beautiful Game(ザ・ビューティフル・ゲーム)』は少年少女たちが辿る、過酷で切ない運命を描いたミュージカルです。

日本に住む私たちにとって、北アイルランド紛争はあまりなじみのない問題かもしれません。1922年にアイルランド自由国が発足した際、英国からの移民の 多かったアイルランド北部の6州は、イギリス連合王国に残留。これに端を発した北アイルランド紛争は、「カトリック対プロテスタント」の宗教対立のように思われがちですが、本質的にはこの地方の帰属を巡る(英国かアイルランド共和国かという)、政治問題です。98年に和平合意が成立したとはいえ、問題の解決には程遠く、暴力事件も散発的に発生。その影響で2000年にロンドンで初演された『The Beautiful Game』の結末も、やるせなく暗いものでした。

「紛争」はいまだ完全な解決には至っていませんが、年月の経過とともに、事態は少しずつ沈静化。これを見て、作者のアンドリュー・ロイド=ウェバー(作曲)、ベン・エルトン(脚本)は「今だ!」と思ったのでしょうか。結末などあちこちに手を入れ、2009年、『The Boys in the Photograph(写真の中の少年たち)』と改題してカナダで上演しました。今回、日本で上演されているのはこの改作版にあたります。

筆者にとってアイルランドは取材、休暇含め20回以上訪れている愛着のある島で、現地で交流した数多くの人々の中にはもちろん北アイルランド人も含まれますし、ベルファーストでは装甲車に遭遇といった体験もしています(拙著『アイルランド旅と音楽』『アイルランド民話紀行』で詳述)。思い入れが強いためか、ロンドン版を観た際には、「純粋な少年でさえ紛争に巻き込まれてしまう現実を、世に訴える」というコンセプトには共感できても、ネガティブに巻き込まれたままで終わる結末にはすっきりしないものを、またアイルランド音楽がわずかしか使われていない点においても、物足りなさを感じたものでした。
『ザ・ビューティフル・ゲーム』獄中のジョン(馬場徹)と囚人仲間たちundefined写真提供:オフィス・ミヤモト

『ザ・ビューティフル・ゲーム』獄中のジョン(馬場徹)と囚人仲間たち 写真提供:オフィス・ミヤモト

しかし、今回の日本版はアイルランド贔屓の筆者も納得の、骨太にして非常にパワフルな舞台となっています。まずは藤田俊太郎さんによる、ダイナミックな演出の効果。空間使いに定評のある演出家、蜷川幸雄さんの助手経験を活かしてか、藤田さんは今回、新国立劇場小劇場の舞台奥を客席とし、横長の演技スペースを四方から観客が見下ろすように配置。開演時間になると、サッカー少年たちが4本の客席通路を通って静かに舞台へ降り、チーム 監督であるオドネル神父のカメラで記念撮影を始めます。その様を俯瞰するように、2階席の舞台左右側スペースに立った少女たちが「The Boys in the Photograph」をアカペラで歌うことで、この舞台が少年たちの青春の「回顧」である、という視点を明確に示しているのです。

以降も藤田さんは劇場空間をフルに使い、キャストをしばしば客席空間に登場させますが、その一つ一つが理にかなっていて、物語を客観視させる上でも、逆に 観客を登場人物たちの世界に引き込む上でも効果的。遠い時代、遠い街の物語をリアルに感じられるよう、ダイナミックでありながら綿密に練り上げられた演出です。

またキャストの皆さんの、体に一本筋が通ったように真摯な演技も、注目に値します。一幕はサッカーチームの練習と試合の周辺で起こる恋愛と衝突、そして思いがけない事件を描きますが、チームの中でただ一人プロテスタントの家柄に生まれ、トーマス(中河内雅貴さん)ら一部のチームメイトに嫌われるデル(平方元基さん)は、カトリックの少女クリスティーン(フランク莉奈さん)と恋に落ち、一方サッカーは下手だが人懐こいジンジャー(藤岡正明さん)は、ベルナデット(野田久美子さん)と初キス。

この二組のカップルには両者とも、語らい、デュエットを歌うシーンがあり、ともすると後者のシーンが退屈な焼き直しに見えかねないのですが、演じる4人が キャラクターをしっかりと体に入れていることで、デル&クリスティーン組は「こんな故郷は捨てて新天地へ行こう」と願い、ジンジャー&ベルナデッ ト組は「この故郷でつつましく暮らそう」と夢見るという、当時のベルファーストの若者たちが抱えていただろう対照的な二つの思いを、くっきりと並列して見せています。理性的でリベラルなデル&クリスティーンの平方さん、フランクさんはすっきりとした長身のお似合いカップルで、ラブシーンも健康的。不器用な ジンジャー像を楽しそうに作っている藤岡さん、彼をお姉ちゃん的に見守る野田さんカップルも微笑ましく、初キス直後の悲劇がいっそう際立ちます。
『ザ・ビューティフル・ゲーム』結婚式でのジョン(馬場徹)とメアリー(大塚千弘) 写真提供:オフィス・ミヤモト

『ザ・ビューティフル・ゲーム』結婚式でのジョン(馬場徹)とメアリー(大塚千弘) 写真提供:オフィス・ミヤモト

2幕はぐっとジョン(馬場徹さん)とメアリー(大塚千弘さん)にクローズアップした物語となり、二人は結婚するも、過激派メンバーとなったトーマスの逃亡 をジョンが助けたことで、プロ選手にスカウトされようというその日にジョンは逮捕。メアリーは獄中の夫の帰りを待ちながら出産しますが、ジョンは過激派囚人に感化されてしまいます。ナイーブなサッカー少年だったジョンが屈折し、その心がどす黒くなってゆく過程を、馬場さんは全身で表現。大塚さんも、釈放されたジョンの変心を知って「(あなたがやろうとしているのは)戦う価値のない戦争だわ」と訴えるナンバーで、渾身の歌唱を聴かせてくれます。
『ザ・ビューティフル・ゲーム』プロテスタントの少女(谷口ゆうな)写真提供:オフィス・ミヤモト

『ザ・ビューティフル・ゲーム』プロテスタントの少女(谷口ゆうな)写真提供:オフィス・ミヤモト

力強いリーダーシップ漲るオドネル神父役の吉原光夫さん、「悪役」にならざるをえなかったトーマスを演じる中河内さん、犯罪に手を染めながらも憎めないキャラクターのダニエル役小野田龍之介さんも存在感があり、1幕中盤でメアリーと「神の国」を歌うプロテスタント少女役、谷口ゆうなさんも、夭折した美声の女優、志村幸美さんを思わせるしっとりとしたメゾ・ソプラノで、緊迫した物語をひととき癒します。また、アンサンブルキャストもメインキャストと同じ空気を共有し、躍動感に溢れつつ一糸乱れぬダンスを見せてくれたのも印象的でした。この一丸となったキャストが、藤田さんのダイナミックかつ緻密な演出をこなすことで、今回の日本版『ザ・ビューティフル・ゲーム』は、69年の北アイルランドの物語というだけでなく、青春群像として、また今も世界各地で起こっている紛争の虚しさを訴える、普遍的なドラマとして成立していると言えるでしょう。

ところで前述の通り、本作の音楽面ではアイルランド伝統音楽を取り入れたナンバーは少ないのですが、今回は1幕のナンバー「ビューティフル・ゲーム」や2幕冒頭の結婚式シーンで、直立したまま足でステップを踏むアイリッシュダンスが振付に取り入れられ、アイルランド・ファンはちょっとにんまり。また、シリアスな物語を和らげる要素として、今回は69年当時の雰囲気を反映させたお洒落な衣裳(小林巨和さん)が目を楽しませてくれます。キャストの皆さん、それぞれお似合いなのですが、個人的にベストドレッサーを挙げるなら、チェックのミニスカートと黄色いハイソックスが脚線美を引き立たせていた、野田久美子さん。 そしてパープルという難しい色のベスト&ベルボトムを見事に着こなしていた、小野田龍之介さんです!
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