「雪虫」が舞う時期に思い出す『てんさらばさら てんさらばさら』
北海道では雪の降り出す少し前に、「雪虫」という白くフワフワした虫が飛び始めます。人の体温にも弱く、雪が降り出すとその姿は見られなくなるはかない存在です。雪虫が飛び始めると、雪虫を捕まえようと手を伸ばしてくるくると走り回る子どもたちの姿が見られるようになります。そんな姿が思い出させる1冊の絵本。日常の中にあるささやかな幸せ、それに気づかせてくれた存在について、素朴なタッチの絵で問いかける『てんさらばさら てんさらばさら』をご紹介します。
冬の訪れを告げる謎の「てんさらばさら」
冷たい風が吹く海岸で、おばあちゃんと遊ぶ主人公のまゆ。おばあちゃんが不思議な歌を歌ってくれます。「ゆきふってこい
てんさらばさら てんさらばさら
かぜにまってこい
おしろいたべて ゆきよんでこい
まゆが雪だと思ってそっと手に受けたのは、白くふわふわしていて温かい不思議な物体。おばあちゃんが、これはおしろいを振りかけると少しずつ増える「てんさらばさら」だということ、増えるたびにいいことが起きるけど、誰かに見せるといいことが逃げてしまうことを教えてくれました。
「てんさらばさら」が増えるたびにまゆの身に起きたいいこと
「だれにも見せちゃだめだよ」というおばあちゃんの言葉を忠実に守り、てんさらばさらを小さな箱に入れておしろいを振りかけて、少しずつ増やしていったまゆ。春風が吹く前にしもやけが治ったり、嫌いだったかぶが好きになったり、歩くとぽんぽん音がする「ぽんぽんげた」を買ってもらったりと、次々にいいことが起きる中、まゆは大人になっていきました。そして、てんさらばさらにおしろいを振りかけて願った通り、すてきな男性のもとに嫁いでいき、たくさんの子宝にも恵まれました。決してドラマチックではないけれど、家族みんなが健やかに暮らせる生活の中で、まゆは今までの自分の幸せはすべて、てんさらばさらのおかげだと感謝します。「てんさらばさら」はなくなってしまったけれど……
しかし、家族に隠し続けるには、てんさらばさらは増えすぎました。おばあちゃんと一緒に見つけた時に、小さな漆塗りの箱から増やし始めたてんさらばさらは、嫁ぐ頃にはつづらいっぱいに。家族が増えた今、大きな行李からもあふれ出るほどになってしまったのです。このままでは家族にてんさらばさらの存在がばれてしまうと心配でたまらなくなったまゆは、夜な夜な屋根裏部屋で、大きな袋を作る作業に精を出します。まゆの不審な行動はやがて夫と子どもたちに気づかれます。てんさらばさらを包んだ袋を背負って、皆の目に届かないところへ隠すために、逃げるように山を駆け上るまゆ。その場面は、これからの展開がどうなるのかというスリルに満ちています。すぐに、追いかけてきた夫と子どもたちに追いつかれ、てんさらばさらは袋からあふれ出して辺り一面に舞い上がりました。
よりどころという存在
行李からあふれ出たてんさらばさらを包むために、まゆが作った大きな袋。その袋を何を使って作ったのかにも、ぜひ注目してみてください。まゆの成長を大切に包んできた存在から、てんさらばさらがあふれ出した時、まゆは、てんさらばさらにとらわれない自分の築いてきた大切なものに気づいたようです。人は何かをよりどころにして日々生きています。まゆの心のよりどころだったてんさらばさらは、まゆにとって大切な存在ではありましたが、まゆのすべてではありませんでした。実際には、まゆにたくさんの「ゆき」(幸)を降らせたのは、日々の何気ない出来事を慈しむことができ、おばあちゃんの言葉をいつまでも大切にした素直な心だったのかもしれません。長年まゆを見守ってきたてんさらばさらは、まゆに大切なものを気づかせ、姿を消していきました。まゆの素直な心、ささやかな幸せがたくさんの人に伝播していきそうなラストは、この絵本を読む人たちにも笑顔をプレゼントしてくれるでしょう。