基本の基本 定冠詞の格変化
まずは格変化入門記事で用いた表を再掲します。ich等人称代名詞の格変化は英語の"I, my, me"風に覚えるとしまして、似ているだけに混同しやすいのがこの定冠詞の格変化。しかし入門記事で記したようにこの変化表には意味と働きのしるしとなる格語尾情報(下線部)が含まれており、ドイツ語文を解するにはまずはこれを覚えぬわけにはゆきません。
もちろんこちらも「デア、デス、デム、デン」等と繰り返し口ずさんで覚えても良いのですが、それではちょっと味気ない、という皆さんのために、一つアイデアをだしてみましょう。
格変化表? 実は具体詩
まずは以下の引用をご覧ください。der tod
des todes
dem tod
den tod
der tod des todes
dem tod den tod
出典:Ernst Jandl: Poetische Werke, 3. Band, hrsg. von Klaus Siblewski, München: Luchterhand Literaturverlag, 1997
これはオーストリアの詩人エルンスト・ヤンドル(Ernst Jandl 1925-2000)による作品の一つ。詩という体裁をとっていますが、ご覧のとおりder tod(デア トート/死、死神)、つまり英語のdeathに当たる語の格変化表からなっています。ちなみにドイツ語の原則では名詞の頭文字は大書する(der Tod)のですが、ここでは視覚的効果のためか小文字で始めていることにはご注意を。
まず前半の詩節。
der tod (デア トート/死が)
des todes (デス トーデス/死の)
dem tod (デム トート/死に)
den tod (デン トート/死を)
文法書でご存知、定冠詞付き男性名詞の格変化まんまですね。そして後ろの詩節はといえば、
der tod des todes
dem tod den tod
という風に、前節の語を並べ替えただけのもの。ところがこの詩の面白いところは、この後半節では語の組み合わせにより、前半の表には見られなかった意味が浮かび上がってくる点にあります。
der tod des todes (デア トート デス トーデス/死の死)
「死の死」(あるいは「死神の死」でも)。一行目と二行目を連ねると、なにやら撞着語法めいた表現になりました。
そして最後の行。
dem tod den tod (デム トート デン トート/死に死を)
こちらは事実報告調の前行に比べ、「死に死を!」と、死という無常に反抗するスローガンめいた響きを帯びることになっています。
そしてこの後半二行の間に例えばbringen(ブリンゲン/もたらす)といった動詞を補ってみれば、
der tod des todes [bringt] dem tod den tod
(死の死は 死に死を [もたらす] )
という、判じ物のような句も出来上がるわけです。