人は幾多の苦難を乗り越えて、老年期に入りますが、老年期は実は心の病気の発症率が一番高くなる時期。エリクソンによれば、それまでの自分の人生を受け入れる事がこの時期の発達課題となり、心の健康を保つカギとなります
今回は人生の最終章となる老年期において、エリクソンが提唱した理論で見るといかなる発達課題をこなす事になっているのか、また、ここでつまずくと、どのような心理的問題が生じやすいのか、場合によってはどんな心の病気につながる可能性があるのか、詳しく解説いたします。
老年期における心理社会的発達の意義
今回取り上げる老年期は、時期的には60歳過ぎ以降で、エリクソンが提唱した、人の心理社会的発達における8つの発達段階のうち、最終の第8段階になります。この時期に対応する2つの心理的側面は「統合性」と、それと対の関係をなす「絶望」とされています。この時期の発達課題は、エリクソンによれば、それまで生きてきた自分の人生を否定することなく、ありのままに受け入れること。もしも、この発達課題の達成に問題があると、心の健康に赤信号がともりやすく、人生への絶望感が強まってしまう傾向があると考えられています。
実際に私たちの周りを見渡すと、いつも幸せそうにニコニコされているご年輩の方というのはいらっしゃるものです。老年期に入るまでに幾多の人生の苦難を乗り越えられてきたはずですが、それを周囲に感じさせない姿に、人生をしっかり許容されている空気を感じることが出来るのではないでしょうか。
一方、ご年輩の方の中には、あまり面白くなさそうな顔をされている方もいるもの。もしかしたら、何か健康上で深刻な問題を抱えていたり、配偶者に先立たれて寂しい思いをされていたりするのかも知れません。人間、老年期に入れば、どうしても自分に残された時間は限られたものになってきます。もはや、新しい人生を一からスタートさせるには時間が充分ではないでしょう。そんな折に人生を振り返った時、場合によっては強い不安感や焦燥感に襲われてしまうこともあるかもしれません。エリクソンによれば、過去を振り返った時のネガティブな心的反応が、老年期における精神病理の元だと考えられています。
老年期は心の病気に注意が必要
老年期は人の一生のうち、実は心の病気の発症率が一番高くなる時期。この時期、特に注意すべき心の病気には、老年期うつ病や、「自分は悪い病気なのではないか?」といった不安が強まってしまう心気症などがあります。こうした病気の発症率が老年期に他の年代と比べて相対的に高まる要因として、老年期では人生のさまざまな困難や問題点が集積しやすいことが挙げられます。
例えば、肉体の衰えが顕在化するだけでなく、何か深刻な健康上の問題が生じてしまったり、仕事をリタイアすることで社会との接点がめっきり少なくなってしまったり、長年苦楽を共にした配偶者に先立たれて寂しい思いをしたり……ということが起こりやすいのはこの時期です。
これらは一つ一つを取り上げても小さなストレスではありません。もしこれらが一度に重なってしまった場合、その辛さは言葉では言い表せないものかもしれない、と想像できるはずです。ストレスの感じ方は人それぞれですが、場合によっては脳内環境が病的になってしまい、上記のような心の病気が発症してしまう可能性もあります。
もしも、うつ病を発症してしまった場合、経過を良好にするポイントは出来るだけ早期に精神科(神経科)を受診し、治療を開始されること。もし何らかの抑うつ症状を自覚され、日常生活への支障も大きくなっている場合、(例えば、何をするにも億劫になり、外出する気にもなれないなど)、それに気づいた周囲の方も是非、ご本人の精神科受診を促すことが大切です。
また、もしも死にたい気持ちが生じている場合、それは脳内環境がかなり病的になってしまったサイン。既に、うつ病が重症化している可能性もあり、一刻も早い精神科受診が望ましいことは、老年期は自殺の発症率が一番高い時期であることと一緒に、どうか頭にしっかりと入れておいてください。
老年期を充実させるためのヒント
60歳を過ぎてからの心身のコンディションは個人差が大きいものですが、多くの人はこの老年期を迎えます。この時期を充実させるためにも、心身の健康は出来る限り保っておきたいところ。エリクソンによれば、この時期に心の健康を保つには、この時期特有の発達課題をこなすことが必要です。人生の最終章に当たる老年期にも、こなすべき発達課題が残っているということは、皆さまに是非、認識して頂きたいところです。老年期の課題とは、「過去をありのままに受容する」ことです。人間、年齢を重ねて行けば、過去の出来事に思いを巡らすことも多くなりがち。その際にたとえ過去にどんなに残念な出来事を経験していたとしても、人間の力では過去を変えることなど出来ません。「それが自分の人生なんだ」と、ありのままに受け入れることが心の健康につながる大事なことであるということを、是非、ご留意ください。
なお、老年期に集積しやすい人生の諸問題に関しては、個々の状況に応じて、できる範囲で対処することになるでしょう。その際は、周囲の人もそれが容易になるように力を貸すことができれば理想的です。例えばご年輩の友人同士で一緒に集う機会を周りの人がお膳立てすることもできるでしょうし、家族の方が定期的に集える場合は心身に変調が生じていないか、それとなくチェックすることも可能です。その際、接する人が「もう年も年だから……」といった固定観念で見てしまうと、何らかの抑うつ症状が出ていても年のせいだと見過ごしてしまうこともあります。どうぞ上記のことをご留意の上、サポートしていただければと思います。