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棋譜の読み方のコツとは? 将棋上達に「棋譜並べ」は欠かせない。
米国ツアーでホールインワンを記録した石川遼選手。その時のスイングを自分で再現してみたいと願うゴルフファンも多いだろう。イチロー選手のバッティング、福原愛選手のスマッシュ、香川真司選手のシュート……。スポーツだけではない、ヨーヨーマ氏のチェロ演奏、道場六三郎氏の包丁さばき、皆しかりであるが、達人の技を完璧に再現することなど、誰にもできない。だが、将棋ならばそれが可能なのだ。 将棋では、プロやアマ強豪の対局が記録され、観戦記という形で、新聞、書籍、ネットなどに発表されることが多い。私も、地元紙に観戦記を書かせてもらっているが、その中心となるのが「棋譜」だ。
簡単に説明しよう。「棋譜」とは、対局者それぞれが、何手目にどんな手を指し、どういう形で対局が終了したか、という記録だ。その読み方さえ知っていれば、誰にでも、名人や竜王とまったく同じ将棋を盤面に再現できるのだ。これを「棋譜並べ」という。現代の強豪だけではない。江戸時代の名人対局だって、あなたは再現できる。それも一人で、できるのだ。
感覚を磨く「棋譜並べ」
将棋には、定跡というものがある。長い歴史の中で研究され、実践され、良しとされた手の流れだ。定跡を知っておくと、勝負を有利に進められることが多い。しかし定跡は、対局の最初から最後まで通したものではないし、定跡をあえて破ってくる相手も珍しくない。つまり、どんな対局でも、途中からは定跡の通用しない世界に入っていくのだ。そこからは、自分の読みと感覚が重要な要素になってくる。その感覚を磨くのに、「棋譜並べ」が役に立つのだ。
プロやアマ強豪が指した手を自分も指してみる。そのことによって、知らず知らずに経験値が増し、いざ自分の対局という時に「こんな時は、こう指してみるか」という「なんとなく感」が出てくるようになる。こうなると、しめたもの。それは、将棋全体を見通す「大局観」という扉が開きかけた証拠なのだ。おそらくその時点で、あなたの棋力は、着実に伸びている。
基本的な表記法は「誰が、どこに、どの駒を」
上図を見ていただきたい。将棋の盤面は、すべてのマスに縦横の番号が割り当てられている。これは、住所表記に使う番地のようなものだと考えてほしい。その番号を縦、横の順に記している。通常は縦を算用数字で、横を漢数字で表す。たとえば、赤印をつけたマスは「2六」となる。同様に青印は「7四」のマスとなる。さらに、具体的に見ていこう。 対局開始後、先手が「角行」の右斜め上の「歩兵」を前に進めたのが、1手目図である。これは、棋譜では「▲7六歩」と表記される。「▲」は先手を意味する(読み方も「せんて」)。そして、「7六」のマスに「歩兵」が動いたという意味である。 続いて2手目図。後手は「飛車」の前の「歩兵」を進めた。これは「△8四歩」と表す。もうおわかりでしょう、「△」は後手を表す(読み方も「ごて」)。以上のように、「誰が、どこに、どの駒を」の3要素が棋譜表記の基本形だ。ちなみに各駒の棋譜での表し方は以下のようになる。
- 「歩兵」=「歩」、成駒は「と」
- 「香車」=「香」、成駒は「成香」
- 「桂馬」=「桂」、成駒は「成桂」
- 「銀将」=「銀」、成駒は「成銀」
- 「金将」=「金」
- 「角行」=「角」、成駒は「馬」
- 「飛車」=「飛」、成駒は「龍」
- 「玉将」「王将」=「玉」
※「馬」を「桂馬」の成駒と間違ってしまう方が多い。「馬」は「角行」の成駒であるので注意が必要。
数字を略して「同(どう、おなじく)」を用いる場合
また、直前の相手の駒と同じ場所に動かした場合は、数字ではなく「同(どう、おなじく)」を用いる。たとえば、「▲3六歩」に対し、後手も同じ場所に桂馬を動かし、相手の駒を取ったならば、「△同桂」と表記する。以上が基本となる。だが、実際には「誰が、どこに、どの駒を」の3要素だけでは情報不足となるケースもある。それで、必要に応じて4つ目以降に「補足」を入れる必要が出てくる。以後は、そんなさまざまなケースに応じた表記方法をガイドする。なお、これからは実際に新聞などに掲載される局面図や部分図も用いることにする。
駒を取る場合は「補足」なし
上図から下図のように、先手が「歩」を使って、後手の「桂」を取ったとしよう。これは、「▲3五歩」と表す。取った「桂」のことは、ことさら表記しない。なぜなら、先手が「3五」に「歩」を動かせば、必然的に「桂」を取ることになるからだ。このように、棋譜にはわかりきったことは表さないという原則がある。必要最小限のことしか表さないのだ。取ったことによる「補足」はない。補足例1:成(なり)、不成(ならず)
駒が成るか成らないかは、その時々のプレーヤーの意志に委ねられている。つまり「補足」なしの記録では、後で第三者が見てもわからない。だから、駒が成った場合は、最後に「成(なり)」をつける。成らない場合は「不成(ならず)」をつける。 図を見ていただこう。たとえば赤矢印の展開なら「▲2三桂成」、青矢印ならば、「▲4三桂不成」となる。補足例2:打(うつ)
持ち駒を打つ場合には2つのケースが考えられる。 まず、上図を見てほしい。この局面から、先手が持ち駒の「金」を「2三」のマスに打ったとする。その場合は「▲2三金」と表すだけでよい。 ところが、下図の場合は「▲2三金」だけだと、困ったことが起きてくる。持ち駒の「金」を打ったのか、すでに盤上にあった「3三」の「金」が横に動いたのか、わからないのだ。このように、打ったのか、動かしたのか不明になってしまう時は「補足」が必要となる。そこで、打った場合は最後に「打(うつ)」とつける。つまり「▲2三金打」と表記するのだ。動かした場合は補足なし、何もつけないというきまりになっている。
補足例3:右、左、直(すぐ)
上図を見ていただこう。銀が3枚並んでいる。ここで「2四」のマス(青印)に銀が進んだとしよう。これを「▲2四銀」と表記すると、どの銀が進んだかが不明となる。不明となる場合は「補足」が必要だ。右の銀が進んだ場合は「▲2四銀右(みぎ)」となる。左の銀ならば「▲2四銀左(ひだり)」だ。真ん中の銀ならば「▲2四銀直(すぐ)」と表記する。ここで注意しておかなければいけないことがある。右や左は、あくまでも指したプレーヤーから見た方向ということだ。 わかりやすいように、局面図で表しておこう。補足例4:上(あがる)、引(ひく)、寄(よる)、行(ゆく)
図のような場合、ただ単に 「▲3三金」では、どの駒が動いたのか不明となってしまう。しかも、これは、右や左では補足できない。では、どう表すか? この場合は、駒が上がった場合は「上(あがる)」と補足する。駒が引いた場合は「引(ひく)」、横に動いた場合は「寄(よる)」と補足する。なお飛車や角行の場合にかぎり、「上」のかわりに「行(ゆく)」を用いる場合もある。「天野と升田は必修ですね(早咲誠和アマ名人)」
幾度も日本一を獲得し、史上最強のアマとも言われる早咲誠和アマ名人(大分県)はそう語る。天野とは江戸時代に活躍した「棋聖」天野宗歩のこと。升田とは、史上初の全冠制覇を成し遂げた升田幸三のことだ。この二人の棋譜を並べることが、将棋上達の必修科目だと早咲アマ名人は言うのだ。効果的な「棋譜並べ」の方法
さあ、あなたも、棋譜並べに取り組んでみてはいかがだろうか。続けるコツは、とにかく置いてみること。感覚を磨くという目的から考えれば、一手一手の意味を深く考えなくても良い。また、さらなる上達を望むなら、同じ棋譜を、1回ではなく、最低2回は並べてみること。その際には、盤面をひっくり返し、先手、後手、両方の立場から置いてみることが効果的だ。「棋譜並べ」。その先には、きっと、あこがれの「初段」が待っているはずだ。【関連記事】