スストは代表的な文化依存症候群の一つで、メキシコなど中米諸国で見られます。その原因は過去の恐怖体験にあるとされていますが、その解釈には、その地域の文化が大きく反映されています。
しかし、子供が成長していくにつれ、学校、本や映画、あるいはテレビなどのメディア、さらにはインターネットなど、さまざまな場で新しい知識を吸収していくうち、幻覚は脳内環境が悪化したために起こる症状であり、その治療には脳内環境を正常化させる治療薬が必要になってくる……と、幻覚に対して認識するようになったとすれば、それは、その人の属する社会、文化的環境の影響と見なせる面もあると思います。
実際、日本の外の、地球上のある地域では、物事を認識する文化的体系が私たちと、かなり異なっている場合があり、それが、その地域の人たちに生じる心身の不調を、あたかも、その地域特有の病気のように見せたりします。病気のこうした文化的側面は、それ自体、なかなか興味深いものだと思います。また、私たちと異なる文化に触れる事は、私たちが普段、あまり意識していないであろう、私たち自身の社会、文化的環境を改めて意識する機会になるかも知れません。
今回は、文化依存症候群の代表的なものの一つである、中米で見られるスストを詳しく紹介します。
スストには怖い体験がつきもの
スストはメキシコ、グアテマラなど中米諸国で心身の不調を指す語。スストの症状自体は個人個人でかなり差があるものの、現れやすい症状としては、気持ちの落ち込み、意欲の減退、強い疲労感、身体痛などがあり、こうした問題のために日常生活のルーチンをこなす事が非常に困難になってきます。こうした症状の一つ一つは、私たちの間でも、よく見られるものですが、もしも、こうした不調を私たちが自覚したとしたら、私たちは、その原因をどのように解釈するでしょうか? 例えば、もしも日常的に強い疲労感を覚えるようになったとしたら、人によっては、「毎日、する事が山のようにあり、やっぱり体がもたない」と、こぼす人もいれば、もっと単純に、「年のせい!」と割り切れる人もいるでしょうし、あるいは俗説的に、厄年のせいにしてしまう人もいるかも。
スストでは、その原因は過去の怖い体験にあるとします。実際、ススト(susto)とはスペイン語で驚愕や恐怖といった意味合いの語。現地の、西洋的な医学教育を受けてはいない、いわゆる治療者は、患者がスストであると診断するために、患者に過去の恐怖体験を尋ねます。そして、例えば、その患者が過去に道で蛇を見て怖い思いをした事があれば、治療者は、それがスストの原因であると診断したりしますが、その恐怖体験とスストの症状発現の間には通常、タイムラグがあり、それは数日、数週間、あるいは数ヶ月、場合によって数十年になる事もあるようです。
体から抜けたエッセンスはいずこへ?
スストが過去の恐怖体験と結び付く背景には、中米諸国に根付いている文化があります。それは、人間が心身の調子を崩してしまう原因は、その人の魂あるいはエッセンスの一部が、その人の体から抜けてしまうからだと解釈する事です。スストでは、その人の魂あるいはエッセンスの一部が、その人の体から抜けてしまうのは過去の恐怖体験時とします。つまり、何か怖い目にあって思わずブルブルしてしまったような時、その人の指先からエッセンスが抜けてしまい、それから、しばらく時期をおいてから、その人に心身の不調が起こるとするのです。
では、体から抜けたエッセンスはいずこへ? 実は、その解釈は中米諸国の地域ごとに、かなり異なっています。例えば、メキシコではスペイン語を主に話す地域の他に、古代マヤ文明の流れをくむ先住民族の言語を主に話す地域もあり、その地域ごとに、例えば、ある地域では、体から抜けたエッセンスは、そのまま辺りをさまよっている。また、ある地域では、恐怖体験が起きた場所に宿る精霊、例えば地面の精霊に捕われていると解釈したり、また、ある地域では、誰か怖い人を怒らしてしまった結果、その相手に呪いをかけられ、エッセンスを、その相手にとられてしまったと解釈したりします。
スストの治療法、予防法にも文化の影響は大
スストの治療ゴールは、体から離れたエッセンスを元の体に戻す事。そのため、治療者は儀式的治療を行います。その具体的内容は地域ごとに違いがありますが、基本的には治療者が、つぼのようなモノを口に当て、その中に息を吹き込むように、その人の名前を呼びかけ、エッセンスに元の体へ戻って来るよう、要請します。その際、患者の体にハーブをこすりつける、あるいは、患者の体は弱っている事が多いので、患者にアルコールを飲ませたりします。また、場合によっては、エッセンスを捕らえている精霊に、それを返すよう、七面鳥などの生贄を捧げます。また、呪いをかけられてしまったと判断した場合には、その相手に呪いを解くよう、求める事もあります。
一方、スストの予防法には、何か怖い体験をした時、その場に宿る精霊にエッセンスを捕られないように、例えば、持っていた棒で地面を掃いたりします。また、それを見かけた周りの人は、スストになると、きっと家事が出来なくなるので、食べ物を差し入れてくれる事もあるようです。
スストは俗信的だが、実は命にかかわる病気
スストは中米諸国の都会では無い、いわゆる辺境地域に多い病気。そうした地域でも、都会で学校教育を受けたような人たちの中には、スストは俗信的なナンセンスだとみなす人も増えているようですが、ススト自体は実は、その人の寿命をかなり縮めてしまう深刻な病気です。その原因としては、第一に患者自身、何らかの深刻な慢性疾患、例えば、悪性腫瘍や肝機能低下などを複数合併している事が少なくないからです。原因の第二としては、患者は日常生活に、周囲の人の、うわさのタネになってしまうほど深刻な問題を通常、抱えているもので、それが本人にとって、大変な心労になっています。例えば、息子が飲酒時のトラブルで逮捕されてしまい、その保釈金を父親が何とか工面しなくてはならない場合。あるいは、子だくさんの大家族が大変望ましい地域で、どうしても子宝を授からず、苦悩している女性の場合もそうです。
さて、もしも、私たち日本人が、こうしたメキシコの辺境地域に行き、ホームシックに、かかってしまったとしたら? あまりありそうにないシチュエーションですが、さらに現地の言語も理解できたとします。それで、現地の治療者がその日本人に過去の恐怖体験について尋ねた時、自身の体験を語ったりすれば、それが不調の原因にされ、「あなたはスストである」と、診断されるかも。
スストの治療ゴールは、体から離れたエッセンスを元に戻す事。その治療者は日本人に、その恐怖を体験した日本の、その場所に宿る精霊にエッセンスを返してもらうべく、まずは日本への帰国をすすめるのではないでしょうか? だとしたら、その結論に至る思考過程は私たちとは、かなり異なるものの、結果的には私たちと同じアドバイスになるのかも知れません。