ヒンドゥー教と仏教の二重聖地「プランバナン寺院遺跡群」

ロロ・ジョングランのプラットフォーム

ロロ・ジョングランのプラットフォーム上の様子。左手前がハンサ堂でその左背後がブラフマー堂、右手前がナンディー堂でその左にヴィシュヌ堂とシヴァ堂が見える

ブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌの3最高神を祀るインドネシア最大のヒンドゥー寺院ロロ・ジョングランを中心に、セウー、ルンブン、ブブラという3つの仏教寺院を従えたプランバナン寺院遺跡公園。最大で高さ47mを誇る巨大な堂宇には美しい神像やレリーフがひしめくように刻み込まれている。

今回はヒンドゥー教、仏教、アニミズムをはじめ、アジア各地の宗教の影響を受けたインドネシアの世界遺産「プランバナン寺院遺跡群」を紹介する。

プランバナンの神秘的な空気感

プランバナンのハイライト、ロロ・ジョングラン寺院

プランバナンのハイライト、ロロ・ジョングラン寺院。写真のように高さ2mほどのプラットフォームの上に8基のお堂が設置されている。周囲の中苑、外苑には多数の遺構や遺物が残されている

北から見たロロ・ジョングラン

北から見たロロ・ジョングラン。上の大きな写真は南から眺めた姿

東西110m・南北110m・高さ2m、石を敷き詰めて整地したロロ・ジョングラン(プランバナン寺院)のプラットフォームは重く、濃く、周囲の緑とはあまりに不釣り合い。正方形に切り取られたその空間を見つめていると、そこが神域であることを直感する。

プラットフォームからそびえ立つのは山脈のように連なった8基のお堂。その姿は遺跡を見下ろす火の山=ムラピに劣らず雄大で、いずれのお堂もおびただしいレリーフと彫刻に覆われている。

この世とあの世を分けるこの境目が好きで、プラットフォームの周囲をゆっくり一周してその空気を堪能する。角度によって堂は4基にも8基にもなり、つねにその姿を変える。なんて神々しい!

 

宗教建造物が表現しようとするのはいつだってこの不思議な空気感。この世の神秘を1か所に集め、世界の不思議を物語る。

ヒンドゥー教3最高神とロロ・ジョングラン

瓦礫に覆われた中苑とロロ・ジョングラン

瓦礫に覆われた中苑とロロ・ジョングラン。お堂はいずれも基壇となる下層部、平面的な中層部、ピラミッドのようにすぼむ上層部という3層から成っているのが見て取れる

シヴァ堂

シヴァ堂。インドのヒンドゥー寺院のシカラと呼ばれる堂宇によく似ている

プラットフォームの上は聖なる土地。特に巨大な3つのお堂は、南側からブラフマー堂、シヴァ堂、ヴィシュヌ堂と呼ばれている。ヒンドゥー教においてブラフマーは創造神、ヴィシュヌは維持神、シヴァは破壊神を示し、この3最高神によって宇宙の理(ことわり)を示している。

思えばこのロロ・ジョングラン自体が創造→維持→破壊の輪廻の中にある。

ロロ・ジョングランの建造は856年、サンジャヤ朝・古マタラム王国のピカタン王によってはじまり、907年にバリトゥン王が完成させた。しかしロロ・ジョングランが使われた期間は半世紀もなく、10世紀前半に王国の都はジャワ島東部のクディリに移され、プランバナンは見捨てられてしまう。原因はムラピ山の火山とも伝染病の流行ともいわれるが定かではない。

 

シヴァ堂

シヴァ堂。左がブラフマー堂で右がヴィシュヌ堂

14~15世紀になるとジャワ島のイスラム教化が進み、ヒンドゥー教徒は1割を切るまでに減ってしまう。こうして人々の記憶から消え去ったロロ・ジョングランが完全に破壊されるのは1549年のこと。ジャワ島を襲った大地震によって倒壊し、瓦礫の山と化してしまった。現在もプラットフォーム周辺に残るおびただしい残骸がその名残だ。

1930年代にロロ・ジョングランの復元がはじまり、プラットフォーム上に8基のお堂が再建された。といってもいまだ完成には遠く、周辺にあった256基の小堂はほとんど手がつけられていない。

復元後も、2006年にジャワ島中部地震、2010年にムラピ山の大噴火に見舞われ、ダメージを受けた。ロロ・ジョングランはいまだその身をもって宇宙の理を示している。