「こころの安全基地」を持っていますか?

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お金や体力、保険は万全。でも大切なものを忘れていませんか?

加熱する競争社会、先行き不透明な社会情勢、いつ訪れるとも知れない大災害・・・・・・そんな厳しい現代を生きている私たちは、何気ない毎日を送っていくだけでも緊張と不安、恐怖の連続です。厳しい現実に無防備なままでさらされると、誰もが心の病に陥ってしまう危険を持っています。

そんななか、不安や絶望に振り回されないように生きていくには何が必要でしょう? いざというときのお金や物の備え、知力、体力、保険や保障・・・・・・。たしかに、それらもすべて大事なことですが、忘れてはいけないかけがえのないものがあります。それは「こころの安全基地」を持つことです。

「こころの安全基地」とは何でしょう? それは、不安や恐怖にさらされたときに、逃げ帰れる場。安心して休み、傷を回復できる場。荒波に備えて、心のエネルギーを補給できる場です。

心が潰れるような大きなダメージを受けたとき、お金や物資、知力、体力、保険や保障が万全でも、それだけでは心の傷は癒せず、膨らむ不安を薄めることもできません。つらさや不安を受け止め合い、頑張らない自分でいても許される場があってこそ、何が起こるか分からない世の中に踏み出す勇気が持てるものです。

大人にも必要な「こころの安全基地」

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安全基地が必要なのは子どもだけではない

安全基地」とは、そもそもは2歳前後の子どもに対する母親(もしくはその代わりとなる養育者)を意味します。

1歳を過ぎて自分の足で歩きだす頃になれば、子どもは徐々にお母さんから離れ、自分の力で探索しながら、周りの世界を理解しようとし始めます。とはいえ、子どもの心は好奇心半分、不安や恐怖が半分。そこで、子どもはお母さんを「安全基地」にしながら、外の世界に触れようとします。つまり、一人で行動してみては、不安になったらまたお母さんのもとに戻る、という行為を繰り返し、徐々にお母さんから離れて自立していくのです。

「安全基地」は、この幼い時期に特徴的な言葉ですが、不安をいつでも受け止め、安心させてくれる場は、思春期や青年期でも成人になっても、やはり必要になるものです。

たとえば思春期、青年期になれば、友だちや異性との関わりに夢中になり、その新しい世界の中で自分の存在価値を見出そうとしますが、他人との関わりは緊張や傷つくことの連続です。そんなときに安心して素の自分に戻り、どんな自分でも許される場があってこそ、また外に飛び出し、他人と関わっていこうという気持ちを持てるものです。

大人もそうです。仕事での駆け引きや表面的な付き合い、社会人や親としての責任ある行動を求められ、外界との関わりは緊張と気遣いの連続です。それでも、安心してよろいを脱ぎ、弱音を吐きだせる場があればこそ、「また頑張ってやっていこう」という勇気を持てるものだと思います。