新しいほど耐震性は高いの?

建物の耐震性を定める建築基準法は、過去大地震が起きるたびに見直され、改正されてきました。ということは「新しい建物ほど耐震性が高い」ということになるのでしょうか?
 
建物は新しければ新しいほど地震に強い?

建物は新しければ新しいほど地震に強い?


今回は過去の大地震とその後に行われた建築基準法改正の変遷を一覧表にして追っていきます。建物がいつ建てられたのか、建築年度でその建物の耐震性が読みとれると思いますので、ぜひ参考にご覧ください。
 

過去の教訓を活かして進化する耐震基準 

建物を建てる時に守らなければならない法律が建築基準法です。その建築基準法に定められた耐震基準は、大地震が起きるたびに改正を繰り返し、現在に至っています。

大地震が建物に及ぼす影響については「予測が非常に難しい」と言われています。なぜなら同一地点での大地震は100年に1度または1000年に1度という間隔をあけて発生しています。ですから判断材料となる事例が少なく、予測するのは非常に難しいのです。従って、今までの改正の流れは以下のようになっています。

(1)大地震が起きる ⇒ (2)被害状況を調べる ⇒ (3)その教訓を盛り込んで耐震基準を改正していく

建築基準法に示される耐震基準は、大地震という苦い経験を元にして改正を繰り返し、生きた法律とも言われています。
【図1】過去の大地震と建築基準法改正の変遷

【図1】過去の大地震と建築基準法改正の変遷(クリックで拡大)

 

日本の耐震設計の歴史は浅い 

同地点で起こる大地震のスパンは長いため、実際には一度も大地震を経験せず取り壊されてゆく建物もたくさんあります。しかしそれはたまたま幸運だっただけで、地震大国日本に暮らす以上、耐震性の高い家に住むことは、命を守るために最も大切なことと言って良いでしょう。

日本では昔から建物の耐震化に苦心をしてきましたが、いわゆる地震学、耐震工学として耐震設計が始められたのは19世紀の末ごろになります。まだ始まって1世紀ほどしか経っておらず、その歴史は浅いと言えます。歴史の始めから流れを追ってみましょう。
 

市街地建築物法改正:1924年改正 

きっかけは1891年の濃尾地震(M8.0)と言われています。濃尾地震が起こってから耐震構造の調査・研究が開始され、それが形になるのは関東大震災後の1924年、市街地建築物法に耐震規定が盛り込まれてからになります。しかし、これは市街地のみに適用される規定でした。
 

建築基準法(旧耐震)が制定される:1950年

1948年に福井地震(M7.1)が発生し、それらの教訓も含めて1950年に建築基準法(旧耐震)が制定されました。これで全国の建物に耐震設計が義務付けられることになりました。

この基準は今の耐震設計の原点となるべき内容ですが、その後に発生した1964年の新潟地震(M7.5)では液状化現象により多くの建物が沈下・傾斜し、1968年の十勝沖地震(M7.9)ではたくさんの建物に被害が発生しました。特に被害が大きかったのがコンクリート柱のせん断破壊でした。
 

せん断補強と鉄筋コンクリート基礎を規定:1971年改正 

それらの地震被害の状況を受け1971年には建築基準法施行令が改正され、鉄筋コンクリートのせん断補強基準を強化し、また木造建築物の基礎をコンクリートまたは鉄筋コンクリートの布基礎とすることを規定しました。その後1978年の宮城県沖地震(M7.4)の教訓を経て、1981年に行われた基準法の改正で新耐震基準が定められるに至ります。
 

新耐震設計法の制定:1981年改正

1981年の建築基準法の改正で定められたのが現在に引き継がれる新耐震基準です。この改正で盛り込まれた耐震基準は以下の通りです。

■比較的よく起きる中程度(震度5)の地震に対し、軽度なひび割れが発生する程度
 
→人命は守られ、その後も住み続けることができる

■まれに起きる大地震(震度6~)に対し、崩壊・倒壊しない程度
 
→人命は守られるが、建物の損傷が大きくその後住み続けることができない可能性も

2008年に発生した中国・四川省の大地震では、鉄筋コンクリートでできたマンションなどがガラガラと崩れ落ち、下敷きになって多数の被害者が出ました。これは「おから工事」と呼ばれる手抜き工事が横行していたことが原因です。1981年の新耐震基準では、まれに起きる震度6~7程度の大地震においても、このような倒壊・崩壊を許さない耐震性を求めています。
 

阪神淡路大震災で実証:1995年 

この新耐震に沿って建てられた建物が、実際に大地震に対してどの程度の効果を発揮したのでしょうか。
 
阪神淡路大震災で被害にあった建物(撮影: 吉嶺充俊  首都大学東京 土質研究室

阪神淡路大震災で被害にあった建物(撮影: 吉嶺充俊  首都大学東京 土質研究室)


それを実証したのが1995年の阪神淡路大震災(M7.3)でした。阪神淡路大震災は1923年の関東大震災(M7.9)以来の大災害でありましたが、この地震で倒壊・崩壊した建物の多くが旧耐震で建てられた木造住宅で、新耐震基準で建てられた建物の多くは大被害を逃れたことが、後の調査でわかりました。

従って、新耐震によって造られた建物であれば、地震に対し一定の効果があることが実証されたのです。この新耐震基準は、現在も引き継がれています。
 

木造住宅の耐震性が向上:2000年改正 

2000年の建築基準法の改正では、1981年の新耐震基準の手直しのほか、木造住宅の耐震性が向上する規定が盛り込まれています。

家を建てる前の地盤調査が事実上義務化され、地耐力に合わせた基礎構造が規定されました。また、筋交いを土台や梁・柱に固定する金物や壁の配置バランスなども規定されました。
 

10年間の瑕疵担保責任を義務付け:2000年 

2000年には建築基準法と同列に並ぶ法律「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」が制定され、全ての新築住宅に関し10年間の瑕疵担保責任が義務付けられました。
 

耐震強度構造計算書偽装事件:2005年 

2005年、設計の過程で構造計算書を偽装し、建築基準法に定められた耐震性を持たないマンションが販売されたことが発覚。これらのマンションの中には数十年に一度程度発生する中程度(震度5強)で倒壊・崩壊する恐れがあるものもあり、社会問題化しました。
 

建築確認・検査の厳格化、中間検査の義務付け:2006年改正 

2005年の耐震強度構造計算書偽装事件を受け、耐震偽装事件の再発を防止し法令遵守を徹底するために建築基準法や建築士法などが改正されました。
 
法令遵守のため3階建て以上の共同住宅には中間検査が義務付けられました。

法令遵守のため3階建て以上の共同住宅には中間検査が義務付けられました。


建築確認・検査の厳格化としては、一定の高さ以上の建築物(※)については指定機関による構造計算書審査(ピアチェック)を義務付けました。また、3階建て以上の共同住宅については中間検査を義務付けました。

(※)木造では高さ13m超または軒の高さ9m超、鉄骨造では4階建て以上、鉄筋コンクリート造では高さ20m超などが対象
 

耐震性向上の年代的な目安 

ざっと耐震基準の変遷や住宅に関する法律、事件などを時の流れに沿って見てまいりました。建物全般の耐震性において大きな転換期は新耐震基準が制定された1981年と言って良いでしょう。また、1981年以降も木造住宅であれば2000年、マンションであれば2006年の改正でいずれも耐震性が高まる改正が行われています。耐震性向上の年代的な目安は以上のようになります。

建物の耐震性を定めた建築基準法は、大地震の経験を活かして改正を繰り返し、耐震性を高めてきました。このことから、転換期(基準法改正時期)を境に新しい建物ほど耐震性能は高いと言えると考えられます。
 

既存住宅では耐震診断を受けよう 

1981年以前の旧耐震基準で建てられたマンションや戸建て住宅でも、もともとしっかりした造りになっており耐震性が備わっているものもあります。もし既存不適格(現行の耐震基準を満たさない)と判明した場合でも、耐震診断を受け、耐震改修をすることで、現在の基準に準じた耐震性を確保することができます。

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