わたしたちが大切にすべき「いのち」ってなに? 

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生まれたこのいのちが大切なのはなぜ?

12月1日は「いのちの日」。国民健康づくり運動「健康日本21」の自殺防止啓蒙運動の一環として、2001年に定められた「いのちの大切さを考える日」です。

この「いのちの日」にちなんで、このサイトでも「いのちの大切さ」について考えてみたいと思います。

私たちは、日ごろよく「いのちを守ろう」「いのちを無駄にしてはいけない」という言葉を耳にします。しかし、そもそも大切にすべき「いのち」とは何のことなのでしょう? 生きている身体のことでしょうか? 私たちが物を考える脳のことでしょうか? それとも受け継ぐべき血脈のことでしょうか?

私は、そのヒントになるいい言葉に出会いました。聖路加国際病院理事長の日野原重明先生の著書、絵本『いのちのおはなし』(講談社)のなかの次の言葉です。

「いのちは、きみたちのもっている時間だといえますよ。」


「いのち」とは「時間」のこと!? 

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「時間」をつかうことは「いのち」を使うこと

医師である日野原先生は、全国の小学校を訪問し「いのちの授業」を行ってこられました。『いのちのおはなし』は、ある小学校での「いのち授業」の様子をまとめた本です。

この授業で、先生は聴診器で子どもたちにお互いの鼓動を聴く体験をさせ、「いのちってどこにあると思いますか?」と尋ねます。

そこである子どもは、死ぬまで鼓動を刻む心臓こそいのちだと答えます。しかし先生は、心臓は「いのちそのもの」ではなく、「いのちを動かすためのモーター」にすぎない、というのです。

心臓が止まったら、なくなるのは何でしょう? 実は、その答えこそが「いのち」の本質。日野原先生は、いのちとは「これから生きていく時間」なのだと答えています。

このことから、「自殺」の意味を考えてみるとどうでしょう? 私は、自殺とはこれから先の自分の時間に希望が見出せず、時間をそこで手放さざるを得なくなった状態、と言い換えられると思います。では、「他殺」とは? これから先使えるはずの他人の時間を理不尽な手段で奪い、もう二度と使えなくしてしまうこと、ではないでしょうか。