メンタルヘルス/(読み物) 文化依存症候群・地域特有の病気

アモック(東南アジア):無差別殺傷などの暴力衝動

心の病気の中には、その人の属する社会・文化が影響する「文化依存症候群」に属するものがあります。東南アジアで見られた「アモック」の症状と、文化的背景について解説します。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

アモックとは?
東南アジアの国々で起きていたアモックとは?
心の病気は、本人の体質的な要因と共に、社会、環境的な要因が組み合わさり、ストレスなどをきっかけとして発症します。ある人には気分の落ち込みが主な症状として出現したり、またある人には、頭痛、胃潰瘍といった体の症状が現れたりと、心の病気の発現の仕方は、個人個人で異なるのです。そして時には、その人の属する社会、文化の影響が大きい場合があります。

こうした心の病気は文化依存症候群と呼ばれています。例えば、若い女性に多い拒食症がそうです。拒食症の背景には、「スリムな体がかっこいい」とされる現代の風潮があります。

文化依存症候群は、地球上のある社会、文化圏で主に出現するもので、地域的にも、また、その文化の存在している時代的にも限局しています。今回は、文化依存症候群の代表的なものの一つとして、東南アジアの心の風土病、アモックを紹介したいと思います。

 

人を無差別に殺傷する「アモック」

東南アジアのモンスーン気候の国々である、マレーシア、インドネシア、フィリピン。近代化される以前の部族社会では「アモック」と呼ばれる、人を無差別に殺傷する事件が起きていたことが報告されています。

何か悲しい事があったり、侮辱を受けたりした後、部族の人との接触を避けて引きこもり、暗い目をして、物思いにふけっているような状態になる。そして、突然、身近の武器を手に、通りへ飛び出し、遭遇した人をかたっぱしから、殺傷してしまう。殺戮は本人が自殺、または、殺されるか、取り押さえられるまで続き、後で正常に戻った時には、人を殺傷していた時の記憶を失っている……というものです。

アモックは、大航海時代、マレー半島にやってきたポルトガル人などから、ヨーロッパへ伝えられました。エンデバー号で世界を航海をしたイギリスの探検家キャプテン・クック(1728-1779)の手記にも、アモックについての記述があります。アモックは、amokとして英語になりました。突然、理性を失った行動を取ることを amok または run amok と言います。アモックはマレー語由来の英語として、最も有名なものの一つです。
 

アモックの特徴・原因

アモックの特徴を以下に整理してみます。

・ほとんどが男性に限られる
・アモックを起こす前に、辛かったり、体面を失ったりする出来事がある
・アモックを起こす直前は、周囲から引きこもり、うつ状態になる事が多い
・アモックは自殺または、周りの人から取り押さえられて、終了する。本人が殺されることによって、アモックが終わることもしばしばである
・取り押さえられてアモックが終わった場合、虚脱状態になり、後で正常にもどった時、アモックが起きていた時の記憶が失われている事が多い

現代の精神医学的にアモックを考察すると、辛かったり、体面を失うような出来事に対して、反応的に心が解離してしまい、激しい暴力衝動が生じてしまったといったような説明が成り立つと思います。アモックが起きてしまう背景には、社会、文化的な何があるのでしょう?

これにはいくつかの説があります。「アモックが起きていた当時の部族社会では、悪霊の存在が信じられており、その悪霊が乗り移ると考えることで、アモックが起きていた」「子供には非常に寛大だが、大人には厳格な規律を守るように求められた当時の社会では、大人になった若者が社会に閉塞感を覚え、暴力への衝動につながった」「アモックになった本人は命を失うことが多いので、自殺に関して寛容でない部族社会における、一種の自殺行為と言える」といったものです。

いずれにしても、アモックが起きていた当時の部族社会では、「男性はアモックするほど、正気を失って怒りに身を任せてしまうことがある」といった空気があったのではないでしょうか。家族が亡くなった、社会的地位を失った、妻が不倫した、といったような辛いことが起きた時、こうした社会の空気の中で生きてきた人は、アモックを起こすケースがあったのでしょう。

しかし、社会が近代化されると、アモックは減少し、現在では、ほとんどなくなりました。それどころか、より早くに近代化した欧米諸国や日本国内で、アモックのように、無差別に人々を殺傷する事件が、増加しているように思われます。私たちの社会、文化の中にアモック的な暴力衝動を引き起こす何かが生じてきてはいないでしょうか? 深く考えるべき問題かも知れません。

     
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