メンタルヘルス/自傷行為・自殺願望

「死にたい気持ち」は他人事ではない…背景に心の病も

【医師が解説】死にたい気持ちと心の病気は深く関連しています。多くの方は「私は自殺なんて無縁」「死にたい人の気持ちはわからない」と思われるかもしれませんが、自殺願望を引き起こしかねないうつ病を始めとする心の病気は、誰もがなりうる病気です。誰もが無関係ではない心の病気への正しい意識と対策が、そのまま自殺対策につながることについて解説します。

中嶋 泰憲

執筆者:中嶋 泰憲

医師 / メンタルヘルスガイド

死にたい気持ちと心の病気……心の強さ・弱さとは無関係

死にたい気持ち

自殺願望を持つようなこと他人事だと思っていませんか? 誰でもなりうる「うつ病」から、自殺に至るケースは少なくないのです

日本の年間自殺者数は、2011年を最後に3万人を切り減少傾向が続いていますが、それでもなお数は多く、自殺は大きな社会問題の一つです。これまでも硫化水素自殺や、自殺サイトなどによる集団自殺、深刻な激務・過労が背景にある自殺などの報道があり、自殺問題はさまざまな形で深刻化していることを多くの人が感じ、自殺を防ぐことの重要性を認識されていると思います。

当然のことですが、自殺を防ぎ、減らすためには、単に自殺はするべきではないと言うだけでは不十分です。そもそも自殺を考えるに至ったまでの根本的な問題について考えることが大切です。そして、より早い段階で止められたかもしれない自殺や自殺未遂が見過ごされてしまう背景として、「自殺は心の病気、特にうつ病と密接に関係している」という点への認識不足があるのではないかと感じます。

今回は自殺を防止するための大切な基礎知識である、自殺と心の病気の関連性について述べたいと思います。
 

誰でもなりうる「うつ病」による自殺・自殺未遂

人はどんな時に死にたい気持ちになってしまうのでしょうか。生きることは動物としての本能ですが、本能に逆らうほどの気持ちを起こしてしまうのは、心が危機的状態になっているからです。

その原因は家庭、仕事、家計、健康など様々でしょうが、大きな問題を抱えながらも自殺を選択せずに生きている方もまた多くいらっしゃいます。自殺という方法を選択してしまうのは、その問題が解決不能に思え、未来に希望が見出せない状況だと感じ、絶望感が強まり、生きること自体を苦行のように感じてしまったときです。耐え難い苦痛を終わらせる唯一の解決策として、自殺という手段を考えてしまいがちです。

実際にその問題が解決不能か、本当に未来に何一つ希望がないのか、はっきりさせることは難しいものですが、心が危機的状況のときに、落ち着いて正確な判断をすることはさらに困難です。実は、自殺をしてしまった大部分の方々は、心の病気、特にうつ病によって、心が病的状態になっていたと考えられています。

うつ病になると心が健康な状態に比べて、思考や判断が知らないうちにスローになってしまうことがあります。自分が抱えている問題に何らかの解決策がある場合でも、思考が偏り、狭くなってしまっていれば、解決策を見つけることは大変困難になります。また、困難な状況に直面した時、不安を除き、気分を少しでも持ち直そうと飲酒の習慣ができてしまい、アルコール依存が生じることも少なくありません。アルコールは基本的に脳の働きをスローダウンさせる薬物なので、元々の気分の落ち込みを結果的にさらに悪化させてしまうという大きな問題もあります。

重要なのは、うつ病による気分の落ち込みは、日常的に誰にでも現れる「冴えない気分」とは全く異なるということです。脳内で神経伝達物質が適切に機能しなくなってしまうために、気分のみならず、思考、認知、免疫系など様々な異常が生じます。死にたい気持ちが生じやすいのもうつ病の特徴の一つです。真剣に自殺について考慮するようになると、いつ、どのような手段を取るか考えているうちに、何かしらの報道などを見聞きして、具体的な自殺のイメージを心の中に作ってしまうことも考えられます。

ここで重要な点は、自殺は決して他人事ではないということです。うつ病は誰でもなる可能性があり、うつ病の1割前後の方は自殺で亡くなられています。自殺問題は私達すべてが関わるべき問題だと思います。
 

自殺対策を考える上で重要なうつ病対策とは

ここまで述べた通り、自殺は心の病気、特にうつ病と大きく関係しています。しかしもちろん、うつ病になったからといって、多くの方が自殺を選択するわけではありません。自殺したい気持ちが強い時は、うつ病の程度がかなり重症化していると考えられます。

自殺対策・自殺予防のためには、その原因となる問題が起こらないように個人や社会がなるべく対策することも大切ですが、まずはその多くの背景にある心の病気、特に、うつ病が進んでしまう前に、いかに早く精神科、神経科を受診させられるかが大きな鍵になると思います。実は、うつ病を発症されていても、病院で適切な治療を受けられていない方は少なくないのです。なぜ精神科の受診がなかったり、あっても適切な治療を受ける時期が遅れてしまったりすることがあるのでしょう? 以下に考えられる要因を挙げてみます。
 
  • 精神科には何となく行きづらいと感じる
  • 不調を感じても、心の病気ではなく、体の病気だと思う
  • 病院へ行くのが億劫である
  • 心の問題で人に助けてもらうのは恥だという気持ちがある
  • 自分の問題を他人に相談しても何の解決にならないと思う
  • 自分が心の病気になるはずがない
  • 周りの人に自分の不調を知られたくない
こうした強い思い込みや意識がある場合、どうしても精神科受診は遅れがちです。これらを防ぐためにはどうすれば良いでしょうか? やはり、普段から、うつ病に関する正しい知識を持っておくことが大切だと思います。

自分のみならず、もしも、周囲の人にうつ病らしい兆候が見られたら、病院への受診をぜひ勧めてください。特に、「死にたい」と口にする、自殺に関する情報を集めているような様子がある場合、心の状態はかなり深刻化していると考えられます。すぐに精神科を受診すべきです。もしも、死にたい衝動が抑えられないような場合、「いのちの電話」などの適切な連絡先を知っておくことも重要だと思います。

繰り返しになりますが、「私は自殺なんて無縁」と思っていても、それは普段の心の状態だから言えることです。うつ病は誰でもなりうる病気ですが、うつ病になると、病的になった脳が自殺の考えを心に浮かばせてしまうことがあるのです。心の病気対策はそのまま自殺対策にもなります。ストレス対策などを通じて、心の病気を予防していくと共に、いざ、心の調子に異変が生じたら、迅速に病院を受診できる意識や態勢を作っておくことが理想だと思います。
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