▼トラウマの精神的後遺症-PTSD

交通事故、虐待、自然災害、犯罪といった過去のつらい体験がトラウマとして心の傷跡として残り、時を経ても、その時の体験が悪夢となってよみがえる事があり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われています。

今回は、このPTSDが具体的には、どんなものか、すなわち、どのような体験がトラウマとなり、その後、平穏な日々を送っていたにも、関わらず、再び、悪夢となって、蘇り、日々の生活が侵されるようになり、それを如何に乗り越えていったかについて、アメリカで、有名となった事件の被害者である女性(Mさん)の例を通して、お話させていただきます。


▼ある美しい女性の身に起こった世にも恐ろしい出来事

事件は、1986年、Mさんが、深夜、仕事からアパートへ戻る時に起きました。当時、Mさんは、24歳で、ニューヨークのトップ・モデルとして、活躍していました。家主が、彼女の部屋にスペアキーを用いて、勝手に入ったりする事に、不安を覚えた彼女は、引越しを決心し、その夜は、家主と敷金の返還について、話し合う予定でした。しかし、家主は、2人の黒人の男を雇い、彼女を襲わせ、彼女は、ナイフで、その美しい顔を切りつけられ、150針縫うほどの大怪我をしました。

なぜ、事件が起こったかについては、彼女が家主の手の届かない世界へ、行ってしまうことに、家主が腹をたて、仕返しに、顔を傷つけ、彼女を破滅させようとしたと、彼女は考えています。


▼事件後の犯人との裁判での辛い対決

そのショッキングな事件は、大ニュースとなり、連日、メディアでも、取り上げられました。

裁判は、彼女の予期に反して、大変、彼女にとって、辛いものとなりました。被告人の弁護士からは彼女の交友関係を問いただされ、「男を挑発していた」と侮辱され、メディアからも「その夜、ミニスカートを履いていて、挑発的だった」などと、酷い中傷を浴びました。

事件は、犯人が15年の禁固刑をうけて、幕が降りました。モデルとしての、彼女のキャリアは、終わりましたが、幸い、顔の傷は、美容整形のおかげで、目立たなくなりました。また、幸運な事に、彼女を気の毒に思った人から、信託基金の寄付を受け、生涯、年間2万ドル受け取れるようになり、そのおかげで、美容整形の代金も支払え、その後、ニューヨーク大学で映画の勉強もできるようになりました。


▼10年後、再び、事件が悪夢として蘇る-PTSDの症状の出現

その後、次第に事件の傷跡は薄れ、平穏な日々を送っていましたが、10年後、再び、その事件の記憶が、フラッシュバックして、“あの事件”を現実に体験しているような感覚に襲われたり、悪夢として夢の中に現れるようになりました。ちょっとした事でイライラし、発作的に怒り出すようにもなり、睡眠も十分取れず、自殺を考えるようになってしまいました。


▼どん底状態で見つけた光明-回復までの軌跡

そんな最中、郊外へ行く、バスに乗ったところ、たまたま隣に座っていた元ベトナム帰還兵が、彼女の顔を見て、10年ほど前の事件の被害者だったことに気づきました。そして、PTSDの症状がないか、彼女に尋ね、自分の症状を彼女に話しました。彼女は、彼の症状が、自分のそれとそっくりな事に気づきました。こうして、彼女は、自分の苦しんでいるものが何であるのかがわかり、さっそく精神科を訪れました。そこで、PTSDと診断され、 抗うつ剤を処方され、治療を続けて行くうちに、症状は劇的に良くなりました。

私生活の面でも、素敵な男性とめぐり合い、結婚しました。結婚生活は順調で、娘も生まれ、彼女は立ち直ることに成功しました。



どうして、上記のような症状が、事件からかなりの時を経て、現れるのでしょう?ある説によると、トラウマとなる体験をした時には、本人の、不安・緊張のレベルは、非常に高く、脳で処理できる限度を越えていて、その場では、処理が行われません。時が経ち、何かのきっかけから、その記憶が呼び出され、夢の形で、脳での処理が行われるためと言われています。

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