なぜ訴訟になり、敗訴したのか

こうした事故は、ヒヤリハットも含めれば、相当数あると思います。しかしそのすべてが訴訟につながるわけではありません。
では、なぜこのケースは訴訟になり、敗訴したのか?

まず第一に、職員は介護のプロとして、介助の必要性を説明する義務があったのに、その義務を果たしていないからです。
立位にふらつきのある利用者が、「自分1人で大丈夫」と言ってもそれは素人判断。介護のプロとして、1人では転倒の危険があること、転倒すると骨折の可能性があること、骨折すると歩行困難になる可能性があることなどをわかりやすく説明し、介助する必要性を説明する責任があった、と言うことです。

「トイレに行きたいと言っている利用者に長々とそんなことを説明していて失禁したら、かえってクレームになるのでは?」という意見もありました。しかし、「それより事故を起こさない方が大切」という意見が多かったです。とはいえ、相談員兼任で介護職をしている方は、「この問題、私も日々悩んでいます」と言っておられました。現場では、そう理屈どおりにはいかないですものね……。

次に、こうしたケースの対応のあり方を施設全体で話し合い、ガイドラインを決めていなかったことです。
このケースの場合、「介助は不要」と断られたとき、職員は、介助に付かずコール対応でいい、と自分1人のその場の判断で決めていました。職員個人の判断では説得力がありません。リスクマネジメントの点からも、チームで検討し、どのような対応がベストか、ガイドラインを決めておくことが大切です。

たとえば、医療関係のことであれば、チームに医師も加わって検討して対応のガイドラインを決めていれば、訴訟の際、裁判所も一定の評価をします。

常に心がけたいのは、なぜそのような対応をしたのか、誰に聞かれてもきちんと答えられる判断根拠を持った介護をすること。「なんとなく」こうした、という介護では、事故が起きたとき、周囲を納得させることはできません。

最後に、これは私見ですが、初期対応が良くなかったのではないかと思います(実際どうだったかは不明)。事故が起きたとき、職員から利用者に対して「だって、介助すると言ったのに、断ったのはあなたでしょ」という言動があったら(このケースがそうだったというわけではありません)、たとえ利用者が自分にも非があると思っていてもそんな気持ちは吹っ飛び、100%職員が悪い、と思いかねません。

こうした事故が起きた際には、まずは相手の気持ちによりそい、心から骨折した利用者をいたわり、けがをさせてしまったことを謝罪すること。そして、けがをさせてしまったけれど、チームで検討したガイドラインなど、確かな根拠に基づいた対応であったことを、誠意を持って説明すれば、訴訟にまでは発展しないのではないかと思いました。