【介護職の職域が際限なく拡大される危険】
現状では、多くの特別養護老人ホーム、老人保健施設では夜勤帯に看護師はいません。日勤帯でも、特別養護老人ホームでは看護師は入所者100人につき3人。とても、看護師だけで医療行為をカバーできる人員配置ではありません。介護職が医療行為をやりたくなくても、やらざるを得ない状況がそこにはあります。
私がヘルパーの現場実習をさせてもらった特別養護老人ホームでも、血圧測定、検温、つめ切り、外用薬の塗布などは、当然のように介護職がやっていました。看護師さんにそのことを尋ねたら、「いけないのはわかっている。でも、そんなことを言っていてはとても回っていかないのよ、施設は」と言っていました。
在宅の現場も同じでしょう。『ホームヘルパーの医療行為』には、インシュリン注射が必要な糖尿病の夫を介護する妻が倒れているところへちょうど訪問し、「今すぐインシュリンを打ってくれ」とパニック状態で叫ぶ夫の頼みを断り切れず、違法を承知の上で皮下注射したヘルパーの苦悩が紹介されていました。
もし断ったとしたら利用者になじられ、役に立てない自分をふがいなく思うことでしょう。しかし受け入れて注射したら、上司から厳重注意されるのはもちろん、違法行為をした自責の念にもかられるに違いありません。建前と実態は相当にかけ離れているのです。かといって、建前が実態に近づけばいいのかというと、そうとも言えない。ことはそんなに単純ではないのです。
看護師を例にとれば、2002年9月、厚生労働省はこれまで医師にしか認めていなかった静脈注射を「診療の補助」と位置づけ、医師の指示下で看護師が実施することを認める通知を出しました。看護師による静脈注射は黙認の形で常態化していましたから、これはまさに建前を実態に近づけたもの。しかし、神奈川県立がんセンターが行った「静脈注射の実態調査」によれば、なんと86%の看護師が「静脈注射には不安がある」と答えているのです。
ALS患者に対するたん吸引を認めたのも、患者団体からの強い要望に押された形。『ホームヘルパーの医療行為』の中でも、日本ALS協会関係者が「川上から川下へ必要な水が流れるように堰を取り除いてください」と厚生労働大臣に訴えたと書いています。
24時間介護が必要なALS患者を抱える家族の負担を考えれば、これは現実的で素晴らしい決断でしょう。しかし、この本の中で防衛医科大学の研究員が「患者が投薬を要求しているからと言って、投薬が必要だということにはならない」と書いているように、利用者が求めるからと言って、ヘルパーに医療行為を認める必要がある、という流れになってしまっていいのでしょうか。
たんの吸引はいいかもしれない。でも、これが経管栄養の管理だったら? インシュリンの皮下注射だったら? 専門教育を受けていないのに、医療行為をさせられることに不安を感じる介護職は多いはずです。同じような流れでズルズルと介護職の職域が拡大されていくのは、危険ではないでしょうか。
→次は【介護職の医療行為をどうとらえるか】