各国のクラブチームや選手が集まる大会で、記者発表の準備など広報を担当することも。語学ができると仕事に広がりがでると思います。(岩元さん)

ステップを上がるチャンス ~転職~

入社して5年を過ぎたころ、ヴィッセル神戸のスタッフから「広報として神戸へこないか」と声をかけてもらいました。京都パープルサンガを辞めるつもりは無かったので、その時は迷いなくお断りしたのですが、その後もヴィッセル神戸の当時の社長から直接連絡をもらうなど、とても熱心に、何度も声をかけていただくうちに「いち女性社員にここまで色々な人が動いてくれている。広報として、5年間下積みをしてきた。1つステップを上がるチャンスかもしれない。」と思い転職を決めました。

とはいえ、社員として5年間、アルバイトも含めれば8年半も勤めた京都のクラブチームです。転職を決めるまでは色々と悩みました。さすがに直属の上司へ相談することはできなかったので、1年契約の雇用形態で、毎年のように別のクラブチームへ移っていくコーチングスタッフに相談。転職を客観的に見てもらい、話を聞いてもらうことができたので、気持ちを整理することが出来たのだと思います。

信頼関係を築けるようになったこと ~うれしかったこと~

転職後、最初の1年間は、選手との信頼関係を築くことに力を注ぎました。選手は18歳から30代まで、年齢や経験、考え方が異なることを考慮しながら、たとえ1日に数秒でも、できる限り声をかけるように心がけていました。はじめは辛いと想うこともありましたが、私自身がJリーグブームの人気に流されて広報をやっているわけではないことを、少しずつ選手にわかってもらえるようになったのが2年目を過ぎたころから。最近は、自分自身が年を重ねてきたこともあり、選手とは仲良くするときと厳しくけじめをつけるときをきちんと切り分けながら、いい関係を保つことができているのではないかなと思います。

ヴィッセル神戸のキャプテン三浦 淳宏は、チームのなかでも特に技術の高い選手。彼の夢は、日本代表としてワールドカップに出場することでした。ところが昨年、ヴィッセル神戸がJ2に降格。他のチームへ移籍せずに今シーズンもJ2のヴィッセルでプレーすることを決意した結果、彼の夢を叶える可能性が下がることになったのです。そこで、少しでも三浦選手の露出を高めるためにテレビ局やラジオ局へ連絡し、インタビューをして欲しいと依頼するなど、三浦 淳宏プロモーションを展開しました。結局、ワールドカップ出場の夢は叶わなかったのですが、ワールドカップのメンバーが発表された翌日、三浦選手から「ありがとう。W杯は1ヶ月だけど信頼や絆は一生。ヴィッセルのために一緒にがんばろう。」という旨のメールをもらいました。選手と信頼関係を築けるようになったことがとても嬉しかったですし、もっとチームのためにがんばろうと改めて思いました。

サポーターといっしょにペンキ塗りを・・・ ~広報の仕事~

ヴィッセル神戸の広報の仕事は、ウェブサイトの更新、携帯サイトの更新、メディアの取材対応、原稿の執筆・校正、プレスリリースの作成・配信、試合の際のメディア対応、サイン会などイベント開催時の選手のスケジューリング、ウェブサイトへ掲載するためにビデオ撮影をしたり、写真撮影をしたり。目的は「ヴィッセル神戸を1人でも多くの人に知っていただくこと」。そのためには、「スタジアムをヴィッセル神戸らしくしよう!」と企画を立て、サポーターといっしょにスタジアムの柵へヴィッセルカラーのペンキを塗ることもあります。

広報の仕事は「華やか」なイメージを持っていらっしゃる方も多いと思いますが、実際は地味な仕事の積み重ねです。問い合わせの対応だったり、毎朝、新聞記事を切抜いてスクラップするなど、ほとんどスポットライトが当たらない仕事です。そういった仕事を積み重ねているからこそ、世に出る部分がある。表面の面白い部分だけを見ているだけは、おそらく続けていくことのできない仕事だと思います。

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