1ページ目 【アメリカ・日本両政府の思惑が一致してうまれた日米安保条約】
2ページ目 【安保改定と安保闘争、そして安保体制の定着へ】
3ページ目 【冷戦後の日米安保体制はいったいどこへ行こうとしているのか?】

【安保改定と安保闘争、そして安保体制の定着へ】

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1960年、新安保条約締結へ

日本が独立国扱いしてほしい、アメリカの日本の防衛義務を明確にしてほしいと考えていたわけですが、アメリカも、そうした日本の空気を読んで、新しい方針を打ち出します。

つまり、日本を自分の陣営に引き留めていくには日本をもっと平等なパートナーにするべきだと考えるようになったわけです。このようなことから、1958年から日米両国政府のあいだで日米安保条約の改定交渉が行われ、1960年、新日米安保条約が締結されたのです。

改定のポイントは、次の通りです。

1)内乱に関する条項は削除。
2)日米共同防衛を明文化。(日本をアメリカ軍が守るかわりに、在日米軍への攻撃に対しても自衛隊と在日米軍が共同で防衛行動を行う)
3)在日アメリカ軍の配置・装備に対する両国政府の事前協議制度の設置。(ただし、日本に拒否権があるかどうかは不明確)
4)日本のアメリカへの派兵義務はなし。

日米安全保障条約第5条
各締約国(筆者注:日米両国のこと)は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(以下省略)

日米安全保障条約に関する交換公文(条約と効果はほぼ同じ)
「合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更ならびに日本国から行われる戦闘作戦行動(前記の条約第5条の規定に基づいて行われるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。」


これにより、安保条約は、単にアメリカ軍に基地を貸すだけの条約から、いざというときの日米共同防衛を義務づけた条約へと変化し、より平等なものになったわけですね。

また、在日アメリカ軍は配備や装備に大きな変更をする際は、事前に日本と協議しなくてはならなくなりました。これも、日本の主権を守るためには重要なことです。(もっとも非核三原則を無視して核を持ち込んでいるという疑惑も絶えませんが・・・)

ともかく、日米共同防衛が義務化されたことによって、日本は軽武装のまま、アメリカの軍事力の傘のもと、経済政策に力を注げるという、吉田ドクトリンの方針が固まり、日本の経済発展が進んでいくことになるわけです。



激しい安保闘争

ところが、この安保改定が、おおきな安保闘争を引き起こしました。日米共同防衛は日本をアメリカの戦争に巻き込むものではないのか。そんな疑問が国民の間から巻き起こり、全国的な安保闘争がおこり、国会はデモを行う市民らによって包囲される事態となりました。

しかし、安保改定が成立し、改定交渉を進めてきた岸首相が退陣すると、この安保闘争は急速にしぼんでいきます。

岸首相は、第2次世界大戦後の東京裁判でA級戦犯に指定された人物であり、このような経歴の政治家が、「日米共同防衛」などといいはじめたので、国民は戦争の匂いを感じとり、大きな反対運動を起こしたのですね。

そうした意味で、60年の安保闘争は、反安保でありながら、ターゲットは反岸首相にあったといえるでしょう。岸首相の退陣によって、安保闘争はとりあえず幕を引きます。70年に起こった安保闘争は、60年のそれに比べてあまり全国民的なものにはなりませんでした。

日米安保体制の定着と日本の負担拡大

1970年代、経済成長を遂げた日本に対して、アメリカは防衛費用や防衛分担の拡大を日本に要求するようになります。

日本はアメリカとの安保体制によって経済力をつけ経済大国になった。一方アメリカの経済力は弱まっている。だから日本は、いつまでもアメリカの軍事力にただ乗り(フリーライダー)しないで、もっと自分から防衛に力を入れてよ、ということです。

そこで、日本はその要求に応じて、次のようなことを実行します。

・在日米軍の駐留費用の肩代わり(「思いやり予算」
・日本の防衛力の増強(防衛費用は70年代から90年代までで3兆円も増加)
・日米ガイドラインの締結

最後の日米ガイドラインは、正確には「日米防衛協力のための指針」といわれるもので、日本がここまで日米防衛の分担をしますよ、ということを定めたものでした。

こうして、日米共同防衛を軸とする日米安保条約は、定着していったのでした。しかし、1991年、日米安全保障条約の前提であった冷戦構造は崩壊します。日米安保体制は、どうなっていったのでしょう。次ページで解説します。


※数字は平成15年度版『防衛白書』による