
かつての「ものづくり日本」はどこへ行ったのか。ドイツが「made in Germany」にこだわり続けた一方で、日本は「自国生産」への誇りを失い大きな代償を負った。
日独の産業構造や製造業の競争力を長年研究してきた岩本晃一氏の著書『高く売れるものだけ作るドイツ人、いいものを安く売ってしまう日本人』によれば、日本企業に存在する「系列」という形態が日独の“分かれ道”だったという。
今回は本書から一部抜粋し、この分かれ道によって日本が付加価値を生み出す国内拠点を失っていった過程を紹介する。
「薄利多売」か「高付加価値」か
よく商売の方法に2通りあると言われている。すなわち、価格競争を行い低価格で量を販売する路線を追求するか(薄利多売と呼ばれている)、それとも高価格・高付加価値の製品にシフトし、他の製品と差別化を図るか、である。
だが、「薄利多売で長らえた企業はない」とも、「日本に多く存在する老舗は、どこも高価格・高付加価値路線で生き残ってきた」とも言われている。
日本には創業200年以上の企業が約1800社あるとも言われるが、その数は世界一である。日本は、こうした貴重な先人の格言を生かせなかった。
ドイツは、「made in Germany」にあくまでこだわったが、日本は「made in Japan」をあっさりと捨ててしまったとも言える。ものづくり日本の「made in Japan」ブランドへのこだわりはこの程度でしかなかったのだろうか。
「系列企業」という麻薬の代償
日本企業の海外生産比率の拡大は、中小企業に深刻な影響を与えた。
ドイツには「系列」がないが、日本には大企業を頂点とする系列がある。系列の標準的形態は、系列の上位にある企業の生産ラインの一部を切り出して、その下請けとなる企業の生産ラインを稼働させるものであり、人件費が安いなどの理由により総コストが下がる。
その代わり、下請け企業は上位の企業から図面をもらい、製造技術を無償で教えてもらえるだけでなく、出来上がった部品はすべて買い上げてもらえた。
すなわち、独自で研究、開発、販売をする必要がない。ただ言われた通りに部品を作ればよい。
1990年頃までは、大企業が系列の中小企業に図面を与え、部品の共同開発を行うことで、中小企業の技術力も高まるという関係があった。しかしその後、大企業が海外に進出し始めると、そのような関係が徐々に変質し始める。
親企業の工場が海外進出するとき、親企業にとってどうしても必要な系列傘下の中小企業には声をかけて、海外に連れて行った。その際、中小企業が海外での生産が順調に遂行できるよう、親企業のエンジニアが中小企業の工場に出向したり、親企業の海外支店が中小企業の海外進出を支援したりと、全面的にバックアップした。
筆者は、1990年代に上海に駐在していたので、こうした様子を間近で見ることができた。
一方、国内に取り残された中小企業のほうは、親企業の国内に残っている工場への部品納入を続けることになるが、個々の部品はだいたい2社から4社の中小企業が納入していた。そのため、コスト削減を求める親企業の要求に応じられない体力のない中小企業は次第に撤退を余儀なくされていく。
そして、系列下の中小企業は国内に残っている親企業の工場の生産に見合った数へと、整理淘汰されていった。
ドイツの専門家は日本の系列を「麻薬」と呼んでおり、贅沢な暮らしはできないが、上の言うことを素直に聞いていれば食べるに困らなかった。このような安定した環境が長年続けば、ここから抜けだし、リスクをとって事業を始めることはとても難しくもなる。その結果、小さい企業ほど技術革新から取り残されている。
日本とドイツで分かれた道
ドイツは「企業も国も栄える」道を選んだが、日本は「大企業は栄え、国は亡びる」道を選んだ。
トヨタやソニーは、その連結決算を見れば、とても儲かっている。だが海外生産比率を拡大したため、付加価値を生み出す拠点が日本国内で減少してしまったのである。
なぜ日本とドイツは、製造企業の行動に、このように180度とも言える違いが生じたのであろうか。両者とも利益を追求する企業行動原理に大差はないはずである。まさか、すべての日本企業の経営者が30年間、判断を間違え続けたとも思えない。
日本企業の経営者は、海外投資を増やしたほうが、ドイツ企業の経営者は国内で生産し輸出するほうが「経済合理的」であると判断した。その判断を分けた背景こそが、指摘したい最大のポイントである。
日本もドイツも、企業は売上を増やし、利潤を増やすことを目的に行動している(経済学では、「利潤最大化を目指して行動する」とされている)。すなわち、各企業は、与えられた環境の下で、売上・利潤を増やす道を探ったところ、日本とドイツで、上記のような違いとなって現れた。
日本国内の製造業にとって、「海外生産比率の拡大」を進めたほうが、企業の売上・利潤を増やす道であり、ドイツ国内の企業にとって、「国内投資、国内生産の維持」を進めたほうが、自らの売上・利潤を増やす道だったのである。
それは、日本とドイツでは、企業を取り巻く「投資環境」が違ったからである。
岩本 晃一(いわもと・こういち)プロフィール
独立行政法人 経済産業研究所 リサーチアソシエイト。通商産業省(現・経済産業省)入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官、経済産業研究所上席研究員を経て、2020年4月より現職。






