ものづくりへの情熱
▲経営哲学からの人づくり―不動産再生のサンフロンティア不動産 |
また幼少のころから、建築・不動産の世界を意識する機会が少なくなかった。父親が竹細工職人だったため、生まれつきものづくりに関心があり、親戚の大工に建築現場を見せてもらったこともある。建物が強度を増すための梁などの力学的な原理を知り、建築の世界に興味を持つようになっていた。
その後、横浜に住む親戚が訪ねてきたことが、建築を職業にすることを強く意識させた。父のいとこに当たるその人物は、測量事務所を営んでいるという話を聞き、「こういう仕事もあるんだ」と教えられた。都会で事務所を開いて活躍する親戚が、堀口少年にとってロールモデル(目標となる人物)になった。「クリエイティブなことが好きだった」という少年は、いつしか建築士を将来の夢として憧れていた。
アルバイトからカフェの店長へ
ところが大学受験に失敗して、予備校に通うため初めて上京すると、カフェのアルバイトをみつけ、その華やかな世界に魅了されてしまう。翌年、大学には入学したものの、もっぱらアルバイト中心の生活を続ける。調理師の免許を取り、ちゅう房を任されたことが、責任感の強い堀口氏の意欲を駆り立てた。
「キャベツの千切りを細かく刻む」といった細かい工夫を重ね。ユニークなメニューを考えて、お店を盛り立てた。ドリアとサラダにコーヒーをセットした550円のランチメニューが売れに売れたり、ソフトクリームを使ったパフェで大ヒットを飛ばした。
しかしそれが逆に堀口氏に、飲食業の難しさを痛感させることになった。せっかくヒットメニューが生まれても、売れ過ぎてしまうと調理がおろそかになり、季節が変われば夏に大ヒットしたパフェも売れなくなる。栄枯盛衰が激しい飲食業界を見て分かる通り、常に新しいアイデアを出し続けねばこの世界は生き残れない。