松井道夫社長
▲松井証券 松井道夫社長 1953年生まれ。76年一橋(経)卒、日本郵船入社。87年松井証券入社。95年社長就任。著書に「おやんなさいよ でもつまんないよ」がある。経歴詳細
大正7年創業、小規模な地場証券だった「松井証券」が、突如あらわれたリーダーのもと、大改革を成し遂げる。同社をネット証券No.1に導いた乱世の経営者「松井道夫」社長の仕事術に、生き方・働き方のヒントを得る。
Contents
 1.強い個を持て、乱世に生きよ<本ページ>
 2.異業種から転身、松井氏のキャリアとは?
 3.敵を恐れるな! 抵抗勢力との戦い
 4.横並びを打ち破れ! 徹底する力
 5.松井道夫氏「日本を熱く語る」


揺らぐことのない「個」を持てるか?

個性の時代と言われながら、多くの人が周囲を気にしながら生きているように見える。

転職も「大企業ブランド志向」は減ったものの、「自分はこう考える」というストレートな意志より、格好よさ、聞こえのよさが価値基準になっている、と感じるときがある。

松井氏は、あくまで自分の頭で考え、大きな決断を下す。「リーダーは人を説得する必要はありません。結果に対して責任を取ればいいんです」と明快だ。自分以外に、自分のことを考えられるはずがない。周囲にはさまざまな情報が氾濫しているが、それは1つの参考に過ぎない。この記事だって参考にならない人は多いだろう―――。

乱世に生きよ

証券業界の異端児、改革者と異名を取る松井道夫氏。そのキャリアは、決して平坦なものではなかった。最初勤めた海運業界では、国際競争に晒され、同業者が次々と潰れてゆくサバイバル時代を過ごす。コストは徹底的にカットされ、人件費のかさむ日本人船員はいなくなってゆく。

新天地の証券業界でも、“我が世の春”のバブル景気は入社当初の一瞬の出来事だった。ブラックマンデー以降、証券会社は軒並み赤字となり、業界大手の1つ、山一証券が経営破たん。金融ビックバン以降、証券会社は統廃合を繰り返し、次々と社名が変わった。

本当にこの人には乱世が付いて回る。だが戦国の世の中だからこそ、しぶとく生き残る知恵が生まれる。

キャリアも波に揉まれることで鍛えられる。それは転職することとは限らない。同じポジションでも、何か違うことができないだろうか?

アメリカで最も賞賛される会社、ゼネラル・エレクトリック元会長ジャック・ウェルチ氏は、「同じポジションに、何年もいること自体問題がある」と指摘する。「能力がないか、何もしなかったか、そのどちらかだ」

>>異業種から証券業に飛び込んだ松井氏、一体どんなキャリアを歩んできたのか?