奨学金を返せない人、急増中?
奨学金を借りて大学等に通ったものの、返せない人が増えているそうです。滞納者に強制執行を行った話題が新聞のニュースになっているほか、NHKクローズアップ現代(9月6日放送)でも取り上げられていました。ネットの話題としても最近ピックアップされています。こういうニュースを見ると、とかく「お金のない若者から回収をはかるのはけしからん」とか「返すのは当たり前。親が出せないなら大学に行かずに就職しろ」といった感情論になりがちですが、こうした脊髄反射的コメントは感心しません。その人にとっても受け手にとってもほとんど前進がないからです。
私はFPですから、個人と家庭のマネープランという見地から、この問題についてコメントしてみたいと思います。特に親と子の問題として議論できればと思っています。
奨学金の存在はきわめて重要である
奨学金の制度そのものは近代社会において重要な要素です。頭が良いが家庭に学校に通わせるだけの財力がないことで、その能力が活かされないことは、個人にとっても社会にとっても大きな損失になるからです。格差をすべて解消することは不可能ですが、教育機会の格差は見過ごされるべきではありません。教育を受ける機会について少しでもその格差を縮小させるための仕掛けとして考えられるアプローチの一つが奨学金ということになります。これにより家庭に財力がない(あるいは親族がいない)人でも学校に通い高等教育を受けられるわけです。
日本の近代を代表する偉人でも、学費を援助してもらえることが大きな人生の分岐点になっていることがあります。例えば野口英世などは地元の名士の先生の援助により医者になることができました。学費の援助が社会にとっても重要であることが分かります。
また、アメリカのドラマを見ていると、高校在学中に奨学金を得る努力をしているエピソードによく出会います。普通の家庭に育つ若者が、学費を自分で工面して大学教育を受け、親以上の年収を得られるキャリアを目指しているシーンが当たり前のように描かれていることには日本人として考えされられます。
奨学金は、成績優秀者に支給され返済が不要であるもの(給付奨学金)と、一定期間を経て(例えば卒業後など)、返済が必要になるものがあります(貸与奨学金)。日本では給付型の奨学金は少なく、多くは貸与型です。つまり、いつかは返さなくてはいけないわけです。
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