世界遺産/アメリカの世界遺産

ナスカの地上絵/ペルー(3ページ目)

あまりの大きさに偶然上空を飛行機が飛ぶまで千年以上も発見されなかった地上絵の数々。最大の図形は宇宙空間からでしか確認できないという。今回はペルーの世界遺産「ナスカとフマナ平原の地上絵」の謎に迫る。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

ナスカとフマナ平原の地上絵を巡る謎

「宇宙飛行士」あるいは「フクロウ人間」。全長20m。人間のように見えるが、実際に何を表現しているのかはわかっていない ©牧哲雄

「宇宙飛行士」あるいは「フクロウ人間」。全長20m。人間のように見えるが、実際に何を表現しているのかはわかっていない ©牧哲雄

問題は、なぜこんなものを造ったのか、だ。

前述のように、地上絵は飛行機でしか確認できないどころか、矢印や数十kmにおよぶ直線は地上100kmを超える宇宙空間からでしか全体を確認することができない。この地上絵を説明するいくつかの仮説を紹介しよう。

■滑走路説

ナスカ人が発明したなんらかの飛行体の滑走路だという説。人類ではじめて気球で飛んだのは1783年のモンゴルフィエ兄弟、動力飛行機では1903年のライト兄弟が人類初だから、本当なら歴史を覆すことになる。しかし、滑走路だというのに地面に滑走した跡がまったくないし、風に頼る気球の場合は滑走路など必要ない。

■宇宙人建造説

宇宙人が地上絵を描いたとする説。まず、UFOの滑走路だという説の場合、宇宙からやってくるほど高度な文明を持つ宇宙人がこんなに幼稚に見える滑走路を地球のこの部分にだけ必要とする理由は考えにくい。絵を描くにしても、もっとスーパー・リアルに描く技術もあったはずだ。考え方として、ある謎をさらに大きな謎で解決しようとしても、問題は大きくなるばかり。正しい正しくないは別に、ある問題を解決しようと思ったら、解明されている事実を組み上げていくしか、人類には手段がない。

全長約50mの「イヌ」 ©牧哲雄

全長約50mの「イヌ」 ©牧哲雄

■絵画説
単純に絵をアートとして楽しんだという説。たとえば気球や凧のようなものが発明されていたとして、それを空中から見て楽しんだのではないか、というもの。ただ、これだけの数の地上絵を趣味で作るとは考えにくい。多くの人間が同じ目標に向かって何かを建築するときには必ず意図がある。

■カレンダー説
いくつかの直線や図形が太陽などの天体の方向や、東西南北などの方角と関係があることから、天体の運行と季節を結びつけた何らかのカレンダーだったのではないか、という説。いまのところ、すべての直線や地上絵を説明する天文学的な解釈はない。

■水脈説
ナスカは超乾燥地帯であるにもかかわらず、地下水路のおかげで豊かな文明を築くことができた。直線の下には地下水脈があることが多いことから、水脈を表す何らかの記号だったのではないかという説。これも、すべての直線や地上絵を説明できるわけではない。

 

ナスカ時代の墓、センテメリオ。遺体は東に向かって埋葬されている ©牧哲雄

ナスカ時代の墓、センテメリオ。遺体は東に向かって埋葬されている ©牧哲雄

■宗教儀式説
ナスカの地上絵は一筆書きで描かれている。絵を一筆で描く必然性はないから、ここに何か理由があったはずだ。現在でもペルーには雨乞いや豊作を祈るときに、楽隊が一本道を演奏しながら歩く儀式が残っているという。もし地上絵がこの儀式の通路だとしたら、たしかに一筆で描かれなければならなかったことになる。

■社会システム説、古文書説

たとえば世界遺産にも登録されているインカの首都・クスコ旧市街の場合、街が直線で放射状に区分けされ、住む地域ごとに身分や職業が決められていたという。ナスカの場合もパンパを直線で区切って社会システムを表現したのではないかという説。あるいは文字を持たないナスカ人が、土地を使って古文書のように自分たちの社会や歴史を記録したのではないかともいわれる。

* * *

地上絵にはだいたい以上のような説がある。その意図が安全にあるのか、豊作にあるのか、死後の世界にあるのかはわからない。ただ、ナスカ人が幾何学の普遍性や動植物の生命に驚き、世界を畏敬しつつ、幸福に生きるために地上絵を描いたことだけは間違いない。道徳観や世界観や思想は時代や国や民族によってまったく違う。しかし、ナスカ人が絵に託した想いは、時代や国や民族を超える。世界遺産条約がいう「普遍的価値」とは何か? 耳をすませば、地上絵がやさしく語りかけてくれるはずだ。
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