【触覚・聴覚】
そして、そばは特有の食感を楽しむ食物である。長い長い麺を、ほんの数本だけつまんでつつつつっと「手繰りこみやすい」そばがいい、粋な長い麺を束にしてつまんだら、口のなかでそばを噛みきる仕義となり不粋だ。そばが長いから、二三本つまんで手繰りこんで丁度いいのである。そしてその麺がすこしも「ごわついていない」こと。長くてごわつかない麺だから粋に手繰る音を楽しめるのである。さらに手繰り込むとき「麺に密度感と重量感」を感じられると旨さが倍加する。この感触は、スポンジのような構造をしたソバ粉一粒一粒の最深部まで水がしっかり回りこませた水回しを経たそばである。これは大きなポイントだ、このようにきちんと仕上がったそばは、しっかりと「長時間茹でることができる」。そばは穀物である。最低でも1分半はしっかりと茹でて、タンパク質の旨さにでんぷんの甘みをのせたい。そうしたそばなら、「種物に使ってもなかなかのびない」、氷で1秒間しめれば冴えた腰が立ち、盛りつけたとき「すぱっと水が切れる」。60秒も茹でると溶けてしまうようなずる玉は、食感に魅力が乏しく、盛りつけてもだらしない。
いかがですか?旨いそばのイメージ。たった一枚のもり(ざる、せいろ)なのに、これほど人間の感覚を総動員させて楽しむ食物って他にあるだろうか?次回は、この「旨さ」をもたらす鉢の仕事の秘密に迫ってみようかと思っています。