切り論
切りは、苦手な工程第一位
手打ちそばを仕上げるということは、最終工程である「切り」を終えるということであります。畳んだ麺帯を切るそばから、いま打った手打ちの最終的な形が手元で姿を現してくるわけです。それが思うようにいった時は、天にも昇るほど嬉しく、うまくいかない時は、がっくり落ち込んでしまうという気持ちは、とてもよく理解できます。
実は、切りこそ最も気楽な工程
私をはじめ、蕎麦を打つことを仕事としている者にとって、実は切りは蕎麦の工程の中ではもっとも気楽なプロセスなのです。その理由は、切りには全く創造性が不要であって、姿勢を正しく保って(これはとても重要なポイント)、リズミカルにトントンと切り進めていけば、誰でも整った麺線を得ることができます。もちろん、すでに、「手打ちそば・加水論」や「手打ちそば・のし論」でお話しているように、そのためにはノシの精度を高めておくことは必要です。わたくしが担当する築地の講座では、開業総合科やアマチュア向けのクラスにおいて、私がノシた麺帯を生徒の皆さんに切っていただく時間も設けております。このセッションでは、ほとんどの方が細く切り揃った麺線に仕上げることができ、教室内は歓声に包まれます。
切りのポイントはどこ?
切りは、よい庖丁を手にして、いくつかのポイントを修正するだけで、あっという間に見違えるほど上達するパートです。私は、永年の手打ちそばの指導経験をふまえて、初中級者の皆さんが陥りやすい症例(弱点)をいくつかのパターンとして整理しています。切りの上達は、とりもなおさず、これらの弱点の克服にあります。
□姿勢を正しく:
切りの姿勢は、利き腕側の足をしっかりと引き、体をしっかりと斜に構えて、常に麺線を切る線の延長が自分のおへその中心を通るように、体の芯でしっかりと捉えるように切ります。
□コマ板をしっかり抑える:
コマ板は、左手の指を漫画「まことちゃん」に出てくる「グワシ」のような形にして、5本の指を全部使って7kgの力でしっかりと抑えます。そうしないと麺線が乱れます。
□庖丁を握りしめない:
庖丁が乱れる人は、庖丁を握りしめています。そして、腕の力だけで庖丁を支えて、自分の力だけで一本一本麺を切ろうとしています。この方法では決して麺はキレイに切れません。スタートは、庖丁の刃先を麺帯の上に置くこと。コマ板の枕の側面を手がかりに、庖丁の庖身を垂直な面として保ち、しかも刃先の平行を維持したまま、庖丁を前方にスライドさせて庖丁の自重を頼りに切ります。よい庖丁を用いますと、小気味よくスパッと切れるのが実感できるはずです。
□リズミカルに切る:
上にかかげた三つのポイントが巧くいっている人は、庖丁の音も軽やかに、とてもリズミカルに気持ちよく切っています。リズミカルに切れないというということは、基本のどれか(単数あるいは複数)がきちんと守られていないからです。実は庖丁はあまり力を用いずにすむ工程でもあります。切りに疲れる人は、無駄なエネルギーを使ってしまっているからなのです。
どうしたら疲れずに切ることができるか、自問自答してみてください。
この他、庖丁の作法には、いくつかの細かなポイントがあります。とてもこの記事だけではお伝えしきれませんが(何しろ、一冊の本が書ける位です)、庖丁は基本を守ればそれだけで確実に上達します。もしもそば教室等で頼れる先生が身近にいるのでしたら、庖丁の基本について、どんどん質問してみるとよいでしょう。
庖丁は、簡単です
庖丁を難しくしているのは、あなたご自身の気持ちのありかたと、ノシの仕上げの品質なのです。しっかりと攻める気持ちで均一な麺帯をノシて、鼻歌でも口ずさみながら、楽しくお蕎麦を切ってみませんか?そういう麺は、美味しさく食感もよろしい仕上りになる可能性、大です。頑張ってください。【Copyright 2006 著作者:井上明 All Rights Reserved】