豊島区南長崎に、一風変わった店がある。昼の11時半から2時半まで。たった3時間の営業。それでも週末には行列ができるほどの人気店だ。
そもそもこの店は、長坂の翁を経て、いまは広島県で「達磨」を営む高橋邦弘さんが、独立したときに「翁」として開店した店だ。
その店を居抜きで引き継いだのが、当代の店主である伊藤伸さんだ。故郷の十和田湖畔の地名にちなんで、「休屋」と名付けた。伊藤さんは夢を抱いてこの店を切り盛りしてきた。そして、20年たったら引退しようと、最初から決めていた。その20年目は来年やってくる。
▲旧目白通りに面した地味な店。目立たない。
▲アンティークが懐かしい、休屋の店内
▲広くはないが、居心地がいいのだ
▲日替わりで変わり蕎麦も打つ。本日はけしきり。
実は伊藤さんはこの店を引き継いでくれる人を捜していた。自分で窮めた汁や、そばの技術の一切を、志を同じくしてくれる人に託したかったのだ。ある人を介して、井上のところに相談に来た。でも、残念なことにこの店を継ぐ人を捜すことは断念することになった。お店の持ち主が、伊藤さん以外の人へは契約を更改しないと主張したのだ。伊藤さんは困った。奥さんと顔を見合わせて、しばし後に不本意ではあるけれども大家さんの主張を受け入れることにした。その瞬間に、休屋の閉店スケジュールが自動的に決まった。
▲息をぴったりあわせて、休屋をきりもりするご夫妻。この笑顔のファンが多い
伊藤さんはマスコミ嫌いだ、これまでメディアに出演したことはほとんどないという。そんな話をきいて、ちょっとセンチメンタルになった。思い切ってAllAboutの記事にしたいと申し入れると、ちょっとはにかみながら、快諾してくれた。
▲絞り込まれたメニュー
伊藤さんは研究熱心だ。一通り教わったことも、自分で納得のいくまで改良していく。この店を開店してから今日まで、そしてたぶん閉店するその日まで、伊藤さんの蕎麦は変化していく。よりよくしたい、そば好きの喜ぶ顔が見たいという思いから、飽くなき探求が続く。そばの打ちかた、そば汁の取り方、いまはやめてしまったうどんの技や出汁、などなどなど…。いや、いま伊藤さんが関わることがらのすべてが、納得のいくまで吟味されてきたことなのである。
▲手入れが行き届いた厨房
そういう想いは、店内の雰囲気にまで反映される。妥協することなく、すみずみまで行き届いた清掃。伊藤ワールドともよびたい、気持ちのいい空間を型づくっている。
▲250g しっかり盛られたせいろ
伊藤さんは、お客様を見ていると、その人がどの位蕎麦が好きかがわかるのだそうだ。お蕎麦好きな人に、しっかりと美味しいそばをたくさん食べてもらいたい。そんな気持ちから、休屋のせいろは250g(あるいはそれ以上)というボリュームだ。そば汁は、醤油メーカーや鰹節屋の専門家とじっくりと相談しながら作り上げてきた自慢の味だ。鰹の香りをなくすため、何日もかけて湯煎する。手間ひまを惜しまない汁なのだ。麺は内層粉の澱粉までしっかりと碾きこんだタイプの粉を利用。つるつるというよりも、プチプチする感じの食感だ。そんな個性が、病みつきになったファンにはたまらないのだろう。
▲これもユニークな「ぶっかけ」
「ぶっかけ」というと、植物性のトッピングが主体のあっさりとした蕎麦を想像するが、休屋のぶっかけはご覧の通り温かい鴨汁をぶっかけてある。これも凄いボリュームだ。天盛りとなっているのは柚子胡椒。好みは分かれるところだがパンチの効いた味になる。
さて、休屋が閉店する。その時期は2005年の6月末となりそうだ。お店の契約更改が2005年の7月となっているからだ。伊藤さんには、この契約期間を延長する気持ちは、ない。多くのファンに愛されてきた店が、また一つ消え去ろうとしている。
「休屋」
電 話:03(3951)6319
住 所:東京都豊島区南長崎1-3-4
営業時間:11時半~14時半
定休日 :水曜、第3木曜
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