フレンチ/東京のビストロ

ノリエット(下高井戸)

料理人を目指した永井紀之氏はふとしたきっかけからパティシエを目指すことになる。行き着いたのは季節感あるフランス菓子と惣菜の世界。下高井戸が誇る名店ノリエット。

嶋 啓祐

執筆者:嶋 啓祐

フレンチガイド

下高井戸

京王線下高井戸と言えば学生の街という感が強いが、世田谷と杉並の高級住宅街を控え、小さいながらそこそこ充実した商店街が伸びている。どこの駅もそうであるが駅前にはハンバーガー店がどーんと店を構えマグネットの如く通行人を吸い込んでいく。ご多聞に漏れずファーストフードチェーンが多いのだが、昔から店の入れ替わりが非常に多く、有名ラーメン店でも次々と暖簾をたたむその速度に、ちょっと恐さすら感じる街でもある。でも待てよ、今やどこの駅でもそうなのであろうか。でもどこの駅前にも同じ店がある、という風景には何か抵抗がある。

とは言え、下高井戸の駅近くには東京でも屈指の居酒屋「おふろ」が路地裏にひっそりと看板を出す。著名人や飲食業界関係者も集う個性的な店だが、相変わらずいい感じの日本酒やワインが並び、この一帯のグルメゾーンをぐぐっと引き締める。

さて、今回ご紹介するのは今や東京を代表するパティスリー、ノリエット。イル・プルーに続くスイーツのお店である。ちょっと記憶があやふやだが、開店当初にそれとも知らず持ち帰りのケーキを買って帰り、その旨さにちょっとびっくりし、「なんでシモタカでこんなに旨いケーキ食えるんだろ」なんて感じたのだった。
マカロン
サクッとした食感がたまらないマカロン

2003年に世田谷は上町にビストロ・プティ・リュタンを開店。開店してまだ間もない頃ランチに出掛けたことがあるが、伝統的なフランスの郷土料理が手頃な値段で並ぶ典型的な街のビストロだった。

先般ノリエットに訪れた際にオーナーの永井紀之氏がいらして、カフェでしばしコーヒーを飲みながら、お菓子談義。話は多方面に飛び、ビストロのこと、フランス時代のこと、そしてこれからの展開についての話はなかなかエキサイティングであった。

以前にご紹介したル・ブルギニオンの菊地シェフ同様、1980年に大阪の辻調を修了したあとにそのまま開校したばかりのフランス校へ「留学」。日本人による初めてのフランスにおける料理学校ということで当時としては画期的なことであったようだ。

「当時私はパティシエではなく料理人としてキャリアをスタートすべく学んでいたんです。現地の名だたる先生たちも手探り状態でしたねえ。ただ、一期生ということもあり、有得ないほどの本場の高級食材を扱うことができたんです。それはそれは贅沢させてもらいました(笑)。それと休みの日には村のお祭りに参加したり、地元の方々とサッカーをしたりして遊んでいたことも想い出の一つですね。」と懐かしそうに話す。
惣菜
キッシュの香ばしさが漂ってきそうだ

1980年というとまだまだ日本のフレンチは夜明け前の時代。その当時、20歳そこそこで本場のフランス料理を体験できたことは貴重な経験だったようだ。また多くの「同期」もしくは年の近い先輩後輩が卒業後も第一線で活躍しはじめた時期と重なる。確かに80年代はフレンチのみならず「料理」が飛躍的に進化した時代なのだ。
ノリエット
店内には惣菜が品良く並んでいる

永井氏はフランスから帰国後、杉並区にあるフランス料理店に料理人として仕事を始めることになる。しかし20歳前の、就職して半年も経たないうちにレストラン側の都合で店を変らなければならないことになる。入店して、「さあやるぞ!」という時期にいきなり梯子を外された料理人永井氏の気持ちたるや、いかばかりかと思うが、そこは一緒に仕事をしていた先輩から「これから開店するすごいパティスリーがある。一緒にそこで働かないか?」と声がかかる。

そのフランス菓子店こそが「パティスリー・オー・ボン・ヴュー・タン」だ。1981年に河田勝彦氏が開店した、フランス菓子の裾野をぐっと広げ、日本の洋菓子界においても歴史に残る名店である。この瞬間から永井氏は料理人からフランス菓子の世界に足を踏み入れるのである。

もちろん永井氏はご自分で自分の進む道を決められたわけだが、後押ししたのは一緒に仕事をしていた先輩だったのだ。人の縁はどうつながるかわからないが、懸命に仕事をする姿を必ず見ている人がいるのはどのビジネスの世界も一緒。キャリアはそうした環境の中で踏ん張った人についてくるものかも知れない。
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