銀座の思い出
1986年春。私は新入社員時代をこの銀座で過していた。某情報誌会社の飛び込み営業として、朝はオフィスで激を飛ばされ「行ってきます!!」向かったのは当時銀座2丁目にあったシェイクスピアなる喫茶店。サラダとパスタ、コーヒーがついて380円という当時でも画期的な価格だった。要は朝からサボっていたのである。とは言っても稼がないとインセンティブがもらえないわけで、一服した10時くらいには勇んで銀座の街にある会社に飛び込み営業に出掛けていた。そんな折、ほぼ中心地に古びたビルを発見した。それが交詢ビルだ。由緒正しい歴史あるビルと私の目に映ったが、そのとおり交詢ビルディングは、かの福澤諭吉翁の提唱により明治13年に建てられた「知識を交換し世務を諮詢する」をスローガンとする日本最古の社交倶楽部、いわゆるサロンだったのだ。こんなところで優雅に珈琲でも飲みたいなと思ったものだが、気がつくとあれからもう20年近くの歳月が流れていた。
その後大正12年の関東大震災で全館焼失したものの、昭和4年に近世式ゴシック調の第2代目・交詢ビルディングが再築。その2代目も築後70年以上経過したため、老朽化や耐震上の面から昨年秋に建て替えられ、ファッション&飲食テナントビルとして生まれ変わった。
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品の良いインテリアに加え、食器類はリモージュのベルナルド |
並木通りにあったオストラルが移転すると聞いたのが昨年のはじめ頃。その頃は新しく建つ交詢ビルがどのようなスタイルかは私もよくわかっていなかった。いわゆる飲食店街にはどうも相応しくないような気もしていたのだが、そのような先入観は実際に訪問してみるとまったくの杞憂にすぎないことがわかった。
新・交詢ビルに移転
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都内の人気店のみならずフランスでの経験も豊富だ |
その中村シェフの下で堅実に腕を振るっていた方が、現在料理長を務める岸本直人氏だ。一見すると日本人というよりフランス人格闘家という印象だ。はっきりモノを言いつつ、時折シャイな表情を見せる。厳しい眼光を感じたと思えば豪快に笑い出す。非常に表情豊かな岸本シェフの丁寧で美しい料理はかつてのオストラルの流れを汲むものだろう。
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見た目にも美しい逸品だ。 |
真鴨のローストはクラシックなスタイルでサービスされる。食べやすいようにやや薄めに切られているが、もう少し厚いほうが、噛み応えがありそうなものである。しかしその血のソースと絡めているうちにそんなことはどうでもよくなってきた。丁寧に仕上げられたただでさえ滋味溢れる真鴨をさらに旨くするソースを生み出すシェフの腕はなかなかのもの。高い技術レベルがなければ、ただこってりした飽きる味わいのソースになるところだ。
工夫されたメニュー表記
さて、メニューだがほぼすべての皿にデミ・ポーションが用意されている。さらに前菜、魚料理、肉料理といったこれまで常識とされていたカテゴリーをはずし素材別に表記されたいる。例えば、Legumes
野菜 :農園野菜のテリーヌ
Foie Gras
フォア・グラ:コンフィ:トリュフとリンゴのジュレ パンデピスのグリエ
といった具合。
素材から食べたいものを自由に選んで頂けるメニューとなっており、安全性や健康面を加味し食材の産地や調理の過程など伝えつつ、ゲストとコミュニケーションをはかる姿勢が伺える。
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ソースの味わいの深さからシェフの高い技術レベルが伺える |
フランス人パティシエが奏でるデザートと向き合ううちに、新しいビルに移転したオストラルを憂う気持ちはすっかりなくなってしまった。銀座の地で再スタートを切るには最高とまでは言わないまでも最適な環境が用意されたようだ。交詢ビルの中にある高級フレンチではなく、「オストラル」の名前だけでこれまでどおりの幅広いゲストを呼べるレストランであって欲しい。
■東京都中央区銀座6-8-7 交詢ビルディング5F
TEL 03(3572)0548
営業時間
Lunch 月~土、祝 11:30~14:00(L.O.)
Dinner 月~土、祝 18:00~21:00(L.O.)
日休
地下鉄銀座線銀座駅より徒歩5分
交詢社通り沿い。地図はこちら。