フレンチ/東京のレストラン

【閉店】 エムズキッチン(恵比寿)

【閉店】 ちょっと個性的な非日常的フレンチの世界を覗いてみましょう。

嶋 啓祐

執筆者:嶋 啓祐

フレンチガイド

【閉店】 
今回ご紹介するのは男一人料理人と語り合うことのできる、モダンなフレンチカウンターです。

普通カウンターというと高級一枚板か、そうでなくてもウッディなものという先入観があります。そのレストランのカウンターはご覧のとおり、カラフルなもの。これをモダンと呼ぶかアバンギャルドと呼ぶか、いずれにせよ足を踏み入れたとき、日常と違う違和感に包まれます。場所柄外国人も多く、初めての人は「一風変わった寿司屋か?」と思うようです。

カウンターの中にはシェフ一人。そこは水島弘史氏のモノポールというべく「エムズキッチン」です。開店当初のサントゥールという名前から、紆余屈折を経て現在の店名に落ち着いたと聞きます。

水島氏は調理学校修了後、同じ恵比寿のラブレーに新卒の料理長として入社。繁盛店として息長いラブレーの基礎を、新卒の彼が造ったといっても過言ではありません。ちなみにその当時やはり新卒でサービスにあたっていたのは平井の名店、レストランコバヤシでサービスを担当する阿倍氏。今思えばラブレーのオーナーも結構度胸が据わっていたものです。水島氏はその後南仏での料理修業を経て、現在の地にシェフ一人ですべてをこなす現在のカウンターレストランを開店。それはもう4年前、2000年7月のことになります。

さて、水島氏の料理を語る前に、この超個性的なシェフの取り組みについて読者の皆様に少しお伝えしたいのです。ホームページをご覧になれば気付かれると思いますが、このレストラン=つまりシェフの目指すものは「調理技術の理論の開発と探求」にあります。

水島氏は現在調理科学学会に所属し、今年度はそこでの現場における加熱科学に関する論文の発表を予定。また大学の研究所と共に現場調理との接点を作る試みを開始。さらに調理に関して幾つかの特許申請の準備を進めています。アカデミックな姿勢が非常にはっきり打ち出された珍しい料理人です。

シェフは自らの取り組み姿勢においてこう語ってます。
「現代において、確かに素材の大切さを考えることも非常に重要な事であると思いますが、同時にその時代に見合った調理技術の理論の開発探求といったことも料理人には重要な責務のように思います。これだけいろいろな技術が発達した中で、いつまでも従来型の職人技気質にのみしがみつく事に最近いささか疑問を感じています。さらに細かな技術的追求をする事は、より料理のグレードを底上げする上で不可欠な事で、誰かがこのタブーに
足を踏み込む必要性があるのではと考えます。そろそろ難しい事象にも真っ向から取り組む時代に入ったのではと考えるのは私だけではないはずです。」

話をレストランに戻しましょう。

その色鮮やかなカウンターの先から飛んでくるメニューは難しくこねくり回した難解な料理ではなく、誰もが理解でき、ほっとする料理の数々です。ランチメニューには1000円前後で「地鶏のプロヴァンスご飯」「うずら定食」「広島牡蠣と白菜のクリームシチュー定食」などが並んでいます。そういえばこういうフレンチ定食、目にする機会はそう多くはありません。

夜のメニューにある「里芋と砂肝のテリーヌ」は里芋の甘みと砂肝のコリコリ感が絡み合う優しい味わいが気持ちを緩ませる一皿。定番の「フランスランド産フォワグラのソテー」はその厚さに驚くばかり。肉料理はシンプルにローストを中心とした皿が多いのですが、どの料理も極めて深く濃いものばかりです。高級食材を使っているわけでもなく、美しい盛り付けでもないのに、一皿一皿の完成度が高く感じられるのは、焼き加減、塩加減、茹で加減など狂いなくぴったりと落としどころに落ちているからでしょう。そう考えると「料理はまさに技術そのもの」かも知れません。

ここは男一人、カラフルなドアを押し開け、カウンター越しに、「料理とはいかにあるべきか」「素材重視のなれの果て」「調理の何故」等などシェフと話してみたい気にもなります。話題の有名シェフより遥かに向上心溢れる料理人との会話は刺激的です。単に飲んで食べて酔ってお腹いっぱいという、いつもの感覚とは違ったちょっとアカデミックな気持ちになるかも知れません。

「普通のお店」とはちょっと違うのでこのレストランのストライクゾーンは狭いかも。料理、雰囲気、サービスといった様々な要素が絡み合ってレストランは成り立っているものですが、ここにはカウンター越しに一人の料理人がいるだけ。

しかし、これこそフレンチの非日常的側面かも知れません。食べる、飲む以外にフレンチの「知るべきこと」知った驚きに素直に感動できる、それがこのレストランの魅力と言えます。


■エムズキッチン
住 所:渋谷区恵比寿4-10-8 エビスビル101           
TEL:03-5791-5909               
営業時間 12:00~14:00(LO),18:00~22:00(LO)
定休日  月曜日                           
座席数  カウンタ-のみ12席
ただし当面の間火曜夜は料理教室のためお休みの可能性があります。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※メニューや料金などのデータは、取材時または記事公開時点での内容です。

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