ル・ブルギニオンといえば都心のフレンチ人気店の一つ。菊地シェフの純朴な笑顔と繊細な料理に、多くのファンは親しみと愛着を持つ。
菊地氏は私と同じ北海道生まれ。函館で生まれ育ち、その後大阪の辻調理師学校を修了し料理の世界へ。記念すべき最初の店は名だたる料理人を数多く排出した六本木のオーシザーブル。ここで五十嵐シェフや川崎シェフの薫陶を受け、その後当時一世を風靡した勝どきのクラブNYXやフランスやスイスでの修行を経て、神宮前のアンフォールのシェフとして迎え入れられる。
ル・ブルギニオンにはランチ、ディナーと幾度となく食事に出かけているが、前回食事に出かけた時には、コース料理のスケールサイズに少し落胆したものだ。しかし、それは今回のインタビューの中で確実に払拭される。料理のスケール云々を難しく論じる前に、シェフの持ち味が確実にフランス料理のおいしさ、楽しさを伝え、ファンを増やしているこの事実に私は目を向けたい。
予約の取りづらい人気店でありながら、まだまだ発展途上と言い切る料理人、菊地美升氏の本当の素顔に少しだけ近づいてみた。
■夏休みにパリの3つ星レストランに修行?に行かれたそうですね。その時の様子を教えていただけますか?
知人の紹介でパリのピエール・ガニエールに行き、5日間下働きをしてきたんです。若い料理人に混じって朝から深夜まで、玉葱の皮むき、小鰯の骨抜き、ラングスティーヌの仕込みなどの下ごしらえとか、まさに下働きに没頭という感じですね。若い日本人も3人いたのですが、なんでオーナーシェフがここに?って感じで見られましたけど(笑)。
■当然目的は別のところにありますよね?
そうですね、レストラン全体の「流れ」を再確認したかったんです。アンフォールから独立し、自分の店をここに開いてから3年半経ちますが、気がつくと自分の店のことしかわからない。ほんとにそうなんですよ。そろそろ客観的に他店、それも世界を代表する一流店を知ることにより、自分の店も改めて知ることになるのではないか、と。
朝の仕込みからお客様がいらして、オーダーを受けて、サービスして、食事を終えてお帰りになって、掃除をして、といったような日常の流れを、他のレストランという「非日常」の中で再確認したかったんです。いや、それにしても朝から晩までよく働きました!(笑)。
紹介していただいたレストランがたまたまパリのピエール・ガニエールだったのですが、それは貴重な経験だったと言えますね。超美術的といわれる盛り付けや、物理学者とコラボレーションした前衛的な料理など、新しさと言う面において最も先を走っているシェフですから。
もちろんベースはクラシックなフレンチの手法ですが、フランスの料理界自体、常に新しいものを求めています。現場にいると、今やってることは5年後にはなくなるんだ!とまで言うシェフの気持ちがひしひしと伝わってきます。
それと、この店で自分がある程度のポジションに行くにはどれほどの時間がかかるのだろう?なんてことも考えましたね。そりゃ競争の激しい世界ですから、若手もベテランも必死です。こうしたことも刺激になります。
■パリで何かフレンチの新しいムーヴメントはありましたか?
そうですね、日本やアジアの食材がかなり目に付きました。醤油などはもう驚きませんが、丹波の黒豆なんてあるんですよ。ちゃんとメニューにアルファベットで「丹波の黒豆添え」という形で載っているんです。その他海苔や小さいサイズの寿司とか、他にもアジア全体やスパニッシュの素材が目に付き、ワールドワイドな素材の流通が深く浸透していると言う印象を持ちました。
さて、次頁ではワイナリーの話などを伺うことにしたい。