ワイン選びの時間が来た。
柴田氏からワインリストを渡されたK君は、ページを捲るたびに表情が強張っていくのがよくわかる。考えてみると、初めてフレンチレストランに行ってワインリスト見ると、そりゃ驚くだろう。ほとんどのワインがコース料理の値段より高い現実を知ってしまうからだ。もちろん私もかつてはそうだった。疑問どころか、驚きが先に来る。
さすが柴田氏、次に日本語で書いてあるリーズナブルなワインが並ぶリストを手渡した。最初のリストはまあ、ひっかけみたいなもので、次のリストなら何とか選べそうだ。K君はいくつかのワインを選び出し、柴田氏に何やら尋ねている。何回かのやり取りの後に柴田氏のアドバイスの中から選んだのが、ダンジュビユのブルゴーニュ。
テースティングもスマートに乗り切り、冷やかされ続けてきた彼にも、ここでやっと食事に集中できる時間が来た。全員の視線を手元に感じ、さぞかし気持ちは張っていたと思う。その後、冷や汗はほっとした笑顔に変わったのが、これからサービスされる料理同様にとても印象的だ。
その前菜だが、人参のムースにウニとコンソメジュレ仕立ては、この季節にぴったりの爽やかさを軽く感じさせる口当たり。むにゅっとくるムースの食感とプルルンとくるコンソメジュレのマッチングを彼らはどう感じたか。
メインのひとつである寿豚のソテーはよく煮込んだ柔らかさと、黒コショーのピリッとした味わいに引き込まれる一皿。この頃になるといつもどおりの会話に花が咲き、時折柴田氏のユーモア溢れるトークがさりげなく場を盛り上げる。そこから話題が広がり笑いが絶えなくなった頃には、柴田氏はもう隣席に移り、マダム達の虜になっている。
お客の立場に立った助言、話題のさり気ない盛り上げ方などなど、トップレベルのサービスであると彼らが感じたのは、実は食事をしている時ではなく、自宅に帰ってそのレストランを思い出したときに違いない。
彼らはレストランにいた3時間余りを実に楽しんでいたようだ。ワインを選ぶところまでは、少しは緊張があったかも知れない。しかしフレンチであってもイタリアンであっても、予約をする、メニューを決める、ワインを選ぶ、といったような一連の「食事の流れ」は世界共通。有能な彼らがこれから世界で活躍する時に、きっと始めてのレストラン経験をきっと思い出してくれるはずだ。今度はしっかりと自分の財布を握り締め、彼氏彼女とシュマンを訪れるに違いない。
しばらくして、K君からほのぼのとしたメッセージが届いた。
ワインはたまに飲むという感じでしょうか。大体週に2度ほど、1000円前後のコンビニで買ったワインをジンジャーエール割りで、これまたコンビニで買った100円前後のおつまみを片手に気の許せる友人と飲む、というそんな感じです。
そんな生活をしている私は、ワインリストを目にした時、思わず冷や汗が出ました。予想はしていましたが、まさかこれまでとは。。。下は5000円から、上はウン十万もするものまでズラッと並び、さらにメニューはフランス語。。。
もし、これが勝負!というときであれば、と考えると、あぁ。幸い汗が手に出るほうではないので、ワインリストを汚さずにはすみましたが。嶋さんのアシストもあり、結局、赤のブルゴーニュを選ぶことが出来ました。その頃にはすっかり汗も引き、ソムリエに、99年と00年ものはどう違うのですか?などの質問も飛び出てしまうほどで、無事?に選ぶことが出来ました。最後に、あのワインおいしかったよ、という一言がどれだけうれしかったかは内緒にしておきます。
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