まったく勝てなかったプレイヤーが世界一に登り詰めた理由

誰しも最初からエキスパートだったわけではない。後の世界チャンピオンの岡田さんも公式大会に初めて参加したときは300人中150位の成績だったという。それが如何にして世界の頂点にまで登り詰めることができたのだろうか。

岡田豊
世界チャンピオンも最初はビギナーだった。

いつ頃から勝てるようになったのでしょうか―――

えっと1年後ぐらいですね。逆にいえば1年間はほとんど勝てなかった。びっくりするくらい勝てなかったですね。全然勝てない。

どうして勝てるようになったんでしょうか―――

自分なりのスタイルというのが見つかったからです。最初は上手い人と対戦するようると真似てしまうんですよね、つい。でも真似てるうちはあんまり上手になれなくて、自分なりのスタイルを開発してはじめて人より強くなれるんだ、と。

岡田さんはどんなプレイスタイルなのですか?―――

私は交渉の手数をかなり多くしますね。例えば一対一の交渉で決まるようなのをわざと二対二くらいにして他人の予想もしなかったような行動をとってぐちゃぐちゃにするんですよね。乱戦のほうが得意ですね。でも交渉自体に有利不利というのはそうそうあるわけじゃなくて、交渉したときはお互いにそれなりの利益がでるように、幸せになるようにやるんですけど、その最終形を他の人とは違うのをみているというだけで。

それでたった1年で日本チャンピオンに?―――

いやそれは絶対にありえないです。そんな楽なゲームではないです(笑)全国大会というのがありまして、あれにはじめて出れたのが1年後にあって、そうするとまあ強くなったのかな……

するとその後、上位に食い込めるようになるまでには―――

結構大変でしたね。全国大会は98年から、ずっといままで毎年でてるんですけど、98、99年はいわゆる決勝卓といいまして そこで勝てばいわゆる日本チャンピオンという卓にあと一歩、つねにあと一歩で出れないという。6位とか7位とか、1ドル差でいけなかったとか…… なんだろなと、これは越えられないんだろうと思っていたら2000年にドンといってしまった。初めてが日本チャンピオンでした。それまでは大会で優勝したこと一度もなかったです。

最後の壁を突破できたブレイクスルーは何だったのですか?―――

それまで大会でどう戦っていたかというと、とにかくしゃにむに勝ちにいくってっのをずっとやっていたんですが、勝とうという意欲はもっと強い人もいっぱいいて、その気迫に負けてしまうというというのがあったんで、これは楽しむしかないのかなと、徹底的に。全国大会を楽しむくらいのレベルに達して、はじめて他の人とは違う局面がひらけるのかなというのがあったんで。

すると全国大会の決勝は楽しんで臨んだ?―――

全国大会はむちゃくちゃ楽しみましたね。びっくりするくらいに。おそらく通常、全国大会では考えられないんですけど、当時は2回予選があって、私は1回目はグリーン1軒スタート、2回目は仮破産、途中のゲームで。そっから盛り返すっていうのが非常におもしろくて、たぶんそうでなかったらギチギチになってたら最後の最後で負けてたという感じでしたんでそういうふうな割り切ったプレイスタイルが功を奏したのかとともいます。

どのゲームももしかしたら同じかもしれないんですけど、勝ちにこだわってうまくいかないよりも楽しんだほうでプレイするほうががいいことはおおいですね。

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