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秋山事件なぜストップできなかったか?(11)

今年の大晦日、唯一の地上波放映となった『Dynamait!!2006』を舞台に勃発した、秋山vs桜庭の“ヌルヌル”騒動。その大勝負を台無しにした物はいったい何だったのか

執筆者:井田 英登

【承前】

諸悪の根源は“着衣規定”にあり

試合前の選手コール時にも、またゴング直前のシェイクハンドの際にも、秋山は胴衣を脱がなかったし、その段階での彼の挙動には、裸身で試合をする意志はどこにも見えない。

秋山がようやく帯を解いたのは、桜庭との握手を終えて自分のコーナーに戻ってから、まさに試合開始の寸前だった。

要するに、この日の秋山の柔道着は、彼のオイル塗布を覆い隠す、絶好の“隠れ蓑”として機能した事になる。――もしこれが、事前から “チェック逃れの心理トリック” を意図したものであったとしたら、その犯意は絶望的なまでに“黒い”。

無論、それを立証する事はさすがに出来ないが、リング下のチェックの段階で「胴衣は脱ぎます」と申告しておきながら、ゴング直前まで一切その意志を見せなかったこの秋山のアクションには、“胴衣の下の秘密”を覆い隠そうとするかのような意図があったのではないか?=審判のチェック逃れではないのか? と言われてもしかたがない部分がある。

いずれにせよ、主催者の許した「胴衣着用自由」というMMA競技としては論外の規定が、この深刻な事件を巻き起こす大きな要因となったのは、どの角度から分析しても間違えない事実なのである。

今回の事件をふまえて開催された、1月11日の事件の経緯説明会見で、FEG谷川社長は、再発防止のための対策を急務として語り、ルール改正を指示したという。

だが、この事件を受けて3月7日付けで改正された最新ルールでは第六条「ワセリン、滑り止め等の利用の禁止」に新規に三項目が追加された。

整髪料の塗布禁止、医学的な見地から湿布薬の許可(ただし試合前に洗い流す事)、そして試合後に薬物塗布が判明した場合の失格が付け加えられたのみ。またボディチェックの際に塗布が判明した場合の、ギャランティ没収額が10パーセントから50パーセントに引き上げられたというのが主な改良項目である(あと第15条にも試合前の検査権「競技役員は必要に応じて選手の体表面の油分などを希釈したエタノールで拭き取る権限を持つものとする」という項目が加えられているが、正直なところこのような実務面での“運用細目”にあたるものをルールとして明文化する必要はないと思う。)。

ただ、これらはあくまで、表面的な罰則規定追加に過ぎず、“悪意ある競技者”を取り締まるには、あまりにおざなりなルール改正で終わってしまっている気がする。

逆に、本稿で指摘してきた着衣規定の問題に関しては

第2項 試合着は、原則としてスパッツ、トランクス、柔道着、柔術着、サンボ着、レスリングシングレットのいずれかとする。


と放置されたままで、一切変更されていない。

秋山事件をふまえて、競技面の公正を求めようとするのであれば、まずこの着衣規定の改正にこそ着手すべきなのだが。

梅木レフェリーの陥った陥穽

起きてしまった事に、“if”を言う事はナンセンス以外の何者でもない。

前章で分析した芹沢審判員のミスは、はっきり言えば“個人のミス”であり、“もしも”で推論を立てても仕方が無い性格のものであろう。だが、ミスというものはチェック機構を複数準備する事で、意外な程簡単に漸減する。今回の場合でも、たった一つの“if”があれば、こんな大きな事件に発展するまえにカバーできたのではないかという、非常に簡単なポイントがある。

それは、メインレフェリーである、梅木レフェリーによる最終ボディチェックである。信じられない話しだが、Hero'sルール運用規定にはこのプロセスが設定されていないというのだ。サブレフェリーが場外でチェックしている以上、二度手間は不要というのが、Hero's側の考えなのだろう。

これが彼の所属する団体のパンクラスの試合であったのなら、メインレフェリーが、再度ボディチェックを行うよう義務づけられているので、秋山の身体は再度チェックされて居たであろう。人間である以上、ミスや見落としは当然と考えてダブルチェックを施すか、それともイベント進行を優先して一回のチェックしかやらないのか、そこに団体の競技に対する姿勢の違いが現れている。

この連載の第二回でも述べた通り、Dynamite!!の審判団は、このイベントのためにフリーのレフェリーを集めただけの“寄せ集め”である。パンクラスや修斗のように競技に特化した“審判団”として、抜け落ちの無い役割分担を行っているわけではない。

事実、Hero’sのメインレフェリーには、最終ボディチェックをするという決めごとが無いため、梅木氏はその規定のままに試合開始を宣告してしまった。もちろん、彼の落ち度ではない。――それは規定された、Hero’sの競技運営システムのバグ(コンピュータープログラムに内在する“欠陥”)なのである。

“渡りレフェリー”という人事システムと、“性善説”的で穴の多いルール、そして見た目優先のイベント運営方針という、三つの“悪癖”が絶妙に作用し合った結果、あの日の「Dynamite!!」リングには易々と“反則”という名のウィルスが持ち込まれてしまったのである。

【最終回】“それでも勝ちたい”という心理に続く
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