■「ぶっ殺してみろよ、負け犬の遠吠えだろ」


2002年2月11日。
国立代々木第二体育館で開催された「K-1 World Max日本代表決定戦」は、ある二人の若者の運命を残酷なまでに二分する舞台となった。

その二人とは、当初からの前評判通り決勝に駒をすすめた魔裟斗と小比類巻貴之。

K-1 MAXのレギュレーションである中量級戦線はキック界でも有数の激戦区であるが、当時この二人に新日本キックの武田幸三を加えた三人の存在感はやはり突出したものがあった。したがってK-1がこのクラスに特化したMAXシリーズを立ち上げた当初から、二人の対決はファンの注目の的であったし、シリーズ最初のクライマックスとなる代々木大会の決勝でそれが実現したのは、ある種必然ともいえる成り行きでもあった。

だが、期待の直接対決は意外なほどの凡戦で終わった。

その主な原因は小比類巻の頑なな姿勢にあったと思う。
この大会の一カ月前から小比類巻は、突如伝説の空手家黒崎健時の道場に入門。その教えに宗教的なまでの心酔をみせていた小比類巻は、決勝までの二戦を黒崎直伝のローキックに固執して闘っており、すでにスネをボロボロにしていた。それまで小比類巻は美しいフォームから繰りだされるハイや鋭いヒザを使い分ける華麗なコンビネーションを武器にしてきた選手である。あえてロー一本という空手的で武骨な闘いを選ぶ必要はどこにもない。

まして、トーナメント戦という過酷な舞台で、それを必要以上に連打したのだから普通ならもうローが蹴れる状態ではない。にもかかわらず、小比類巻はあえてそのロー一本に、ライバルとの一戦の雌雄を託したのだった。ある意味現実離れしていると言われても仕方のないロマンティシズムではある。しかし極真空手を格闘技人生の振りだしに選んだだけあって、小比類巻という男はそんなオールドスタイルの「超人追及」をテーマにしているような部分がある。この大会大事な大会を前に突如所属を、黒崎の道場に移したのも、そんな過剰なまでのロマンティシズムゆえのことだったという。

一方、この一戦をキャリア最大の分岐点と位置づけた魔裟斗の闘いぶりは冷徹そのものだった。小比類巻のそんな前のめりな気持ちを透かすように、パンチに徹して手数を稼ぎ、正面切った蹴りあいド突き合いには一切応じなかったのである。魔裟斗がこの一戦に望んだのは「内容より結果」だったのである。既にボロボロな小比類巻の状態を見切って、一発の危険がある「倒しあい」を避けた形だった。


結果は当然のように魔裟斗の判定勝ちに終わる。
もう1Rの延長を信じて疑わなかった小比類巻は、その気持ちのやり場を失い、リング上で向けられたマイクに対して「次はワンマッチで、絶対ぶっ殺します」と吐き捨てるしかなかった。

それに対して、魔裟斗は試合後のバックステージでも、その日の試合ぶりをなぞるよう冷徹そのもののコメントを貫き「最後の試合が一番楽でした。もっといい試合して終わりたかったな。プレッシャーは全然感じなかったですから」と小比類巻を切って捨てる。返す刀で一言「(再戦は)やりたいというかやってあげようかなと。まだライバルって言われるんですかね? 」とまで言い切り、小比類巻の“ぶっ殺す”発言にも、余裕の笑顔で「ぶっ殺してみろよ、と。負け犬の遠吠えだろ、と。今までで1番嬉しいはずだけど後味良くないな」とすでに小比類巻など眼中にはないといった勢いを見せた。