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「ジョシュ君のこと」番外編:「シュルトK-1戴冠に思う“ウサギとカメ”の構図」(2)

プロ10年目にしてついにK-1GP制覇を成し遂げた格闘技界の放浪者セーム・シュルト。かつてそのセームを踏み台にスターダムにのし上がったジョシュ・バーネットは低迷中。対照的な二人の交錯の構図。

執筆者:井田 英登


王座剥奪が決定して間もなく、ジョシュは活動の場所を日本に移す決断をする。

彼のもとには、事件発覚からも多くの誘いが寄せられたと思うが、元々UWF のビデオを見た事から格闘技の道を志した彼にとって、日本は“心の故郷”とも言うべき場所だった。

「日本に来れば、きっとまだチャンスはあるはず」
僕が彼にそんなメールを投げたのは、なによりその若さと才能を惜しんだからでもあった。ガン・マックギーとのUFCデビュー戦以来、彼の特異なキャラを日本に紹介し続けていた事もあって、当時僕はかなりのジョシュ擁護派でもあった。

丁度、その年の夏は格闘技の三大イベントが正面激突するフェスティバルイヤーでもあった。東京ドームの「UFO LEGEND」を皮切りに、国立競技場のでの十万人興行「Dynamite!」、そして有明コロシアムでの「DEEP9th」。全てがアリーナ級のスーパーイベントだった。

この頃急速に人気を高めていったボブ・サップのトレーナーを努めていた事もあって、ジョシュは就職先を求めて日本にやってくることになった。その短い夏の話を、僕は「ジョシュ君のこと」(第一回第二回第三回)というタイトルで、All Aboutに掲載した。


格闘技ガイドを担当するようになって既に、四年が過ぎようとしているが、「ジョシュくんの事」は最も反響の大きかった記事となった。三回に分けた記事には、毎回びっくりするぐらいの反響があった。事件発覚から半年が過ぎ、彼が結局新日本プロレスという舞台を“再就職先”に選んだという事も、この記事に対する訴求力を高めてくれていたのだろう。

ただ、僕の悪い癖で、長い連載ものになってくると気分的にダレてしまったり、新しい話題を書かねばならなくなったりで、きちんと完結できないままになってしまう事が多い。ただ、この記事の中断に関してだけは、そんなムラっけが原因ではなかった。


この間新日本プロレスでは、ジョシュを軸にした「Ultimate」 Crush」というリアルファイトのシリーズを開始したが、普段プロレス取材を行っていない僕らには、取材申請が降りない。とりあえずTV観戦はしたのだが、相手が弱過ぎて、ただジョシュが面白いように相手を殴って蹴ってしているうちに試合が終わってしまった。プロレスファンにこの試合がどう映ったかは知らないが、MMAの試合として語るべき部分はほとんど無かったように思う。

とりあえず、第四回の完結編を仕上げる前に、僕はジョシュに会いたかった。

取材のバックボーンの補強として、追加取材をしたかったのである。余り筆まめではない彼は、なかなかメールを出しても返事を寄越さない。しかし記事を書いて行く上で、新日本プロレスに入団を決めた前後の事情についてなど、不明の部分をいくつも質したかったのだ。

ただ、プロレス団体に加入して、日本中を旅して回っている男を捕まえて話を聞くのは難しい。そして何より、腹を括って専業のプロレスラーになると決めた彼に対して、リアルファイト専門のモノ書きが、どういう角度から話をしたものか、まったくイメージが湧かなかったのが、大きなブレーキともなっていたのだ。

結局、そんな億劫な気分のままズルズルと、また夏が巡って来る。

そんな最中、2003年の7月28日、後楽園ホールのパンクラスの興行に、突如ジョシュが現れた。観客としてではない。パンクラス無差別王座を賭けて、ジョシュと近藤有己が王座決定戦を闘う、との発表がなされたのである。UFCでジョシュがあの運命の交錯劇を演じたセーム・シュルトが、返上したばかりの王座だった。

「オマエはスデにシンでいる」
芝居がかったイントネーションで、大好きなマンガ『北斗の拳』の極め台詞を吐き、首をかっ切るポーズを見せる。すっかりオタク格闘家としても多くのファンに知られる存在となった彼の、十八番のパフォーマンスに、客席どっと沸き返る。たった半年間ではあったが、すっかりファンの間には「新日本プロレス所属選手」としての認知が広がっており、単なる“ガイジンの挑戦者”とは思えないほどの歓声がジョシュにも寄せられるようになっていたのだった。

“日本じゃまだ、格闘家としてのホントの姿を誰も見ていないと言うのに、君はもうすっかりスターじゃないか”

リングの上で近藤とにこやかに握手を交わすジョシュに、カメラの放列がフラッシュを放つ。その閃きに誘われるように、ふいに記憶がフラッシュバックした。すっと意識が二年前の、極寒のニュージャージーにタイムスリップする。

あのときもフラッシュが炊かれていた。

メインイベントのヒーローインタビューの真最中。一人のうすらデカイ若者がオクタゴンの柵越しに、憧れのランディ・クートゥアの写真を撮ろうと、記者達の隙間を探して右往左往している。当時ファイター御用達ブランドだったTAPOUTのキャップを冠り、何を詰めているのか重そうなショルダーバックを斜め掛けにした、典型的なオタクスタイルのおデブ君…それが、23歳になったばかりのジョシュ・バーネットとの最初の出会いだった。

あの無防備で、どうにもイケてないフンイキの巨漢 “ジョシュくん”と、今リングの上でポーズを作っている締まったボディのアメリカ青年は、果たして同一人物なのだろうか…。

どういう訳か、リングの照り返しが、その日の僕にはひどくまぶしく思えてならなかった。
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