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老兵は死なず~“フォー・タイムス・チャンピオン”ホーストが引退しない訳(上)

年末恒例のDynamite!!で、現役王者シュルトに叩きのめされた、栄えある四覇王ホ-スト。しかしそれでも現役に固執する彼の執念の正体を読み解く。

執筆者:井田 英登


【Intoroduction】
今回は、昨年末の大晦日に行われたK-1の年末の総集編「Dynamite!!」で現役王者シュルトに敗れ、今や周囲から「引退」ばかりを問われるようになった、“昔日のヒーロー”アーネスト・ホーストについてお話したいと思う。

正直なところ、彼のファイト自体はあまり好きではない。コンビネーションは確かに多彩だが、それは“キック”の文脈を持った相手とのテクニック合戦に限った話で、例えばサップや初期のバンナ、フィリォのように他ジャンルから参入してきた“破格”の選手にはめっぽう脆い。相手の異質な技術や、あるいは超絶的な体力といったものを突きつけられると、途端に試合が噛み合なくなり、なし崩し的に潰されてしまう。単にパワーファイターが苦手というより、“異物”に対する応用力が低いとしか思えない節がある。言い換えれば、“頑固で狭量”なのだ。その傾向は発言の端々にも現れ、自分が認めたくない物に対しては、徹底的に排他傾向の物言いをする。

決して好きになれない選手だなあと、ずっと思って来た。
だが、ある時期を境に、妙に彼の事が気にかかるようになって仕方がなくなった。常に引退の崖っぷちに立たされるようになった“現役晩年”の彼が、どういう訳か非常に気になるようになってきたのである。加えて、三十代後半以降見せるようになった、「俺はフォー・タイムス・チャンピオンだぞ、もっと尊敬しろ」といった類いの神経質きわまりない“あの”物言いはいったいどこを端に発するものなのか。

無論、彼の焦燥感が全く判らないと言うのではない。四十代と言えば一般社会では「働き盛り」の年頃と言われており、まだ人生のカウントダウンにはほど遠いわけだが、プロのファイターにとっては、どんなに頑丈な選手であろうとも現役の最終コーナーになってしまう。現に、そのタフぶりから「UFCの鉄人」と呼ばれたランディ・クートゥアでさえも、42歳でついに引退を表明したばかり。人生の半ばにして、己が歩んで来た道を終わらせねばならない苦痛や孤独は、余人の想像を絶するものがあるのだろう。時にガン患者が肉体的苦痛や絶望感から神経質になり、周囲の人間にとんでもない罵倒を投げつけるといったケースを耳にすることがある。ホーストの苛立ちは、自らの現役生活の“死”から目をそらすための、逃避行動なのであろうか。

実は、僕は彼より一つ年上の41歳なのだが、今回のDynamite!!の取材を終えた直後、健康を崩して寝込んでしまい、原稿が書けない日々が続いた。ブランクが長くなるにつけ、仕事に戻れない不安より、戻っても現場の速度に追いつけなくなる不安の方が大きくなってくる。頭に浮かぶのは「このまま辞めちゃったら楽だろうな」という考えばかりだった。

そんな折、ふと浮かんだのが、今回のテーマである。健康を崩して、長期間仕事の現場から離れざるを得なくなった中年男が、周囲から追い立てられるように引退を催促される、孤独な男の心情について思いめぐらした考察である。これを機に、引退した選手、これから引退しようとしている選手、そして引退を拒み続けている選手達について、「リタイア」を縦軸にしたシリーズ記事なども考えてみたいと思っている。少し人生の足取りが重くなって来た同世代の読者の皆さんに読んでいただいて、感想など聞かせていただけるとうれしい。



アーネスト・ホースト40歳。老いと闘う

アーネスト・ホースト
異常なまでの執念と頑固さで、現役にこだわり続ける男・アーネスト・ホースト。15歳で始めたキックの道は既に25年のキャリアになんなんとする。
FEG "Dynamite!!" 2005年12月31日(土) 大阪ドーム
第8試合 K-1ルール 3分3R(延長1R)
○セーム・シュルト(オランダ/正道会館/K-1ワールドGP '05 世界王者)
×アーネスト・ホースト(オランダ/ボスジム)
2R 0'41" T.K.O.(ドクターストップ)


彼の事を「精密機械」と呼ぶ事は、もう止めた方がいいのではないだろうか。この試合を見て、僕はそう思った。

「精密機械」という異名は、確かに彼の精度の高い技術を言い当てた見事なネーミングであるとは思う。ただ、一方でその冷たくメタリックなイメージは、彼自身が放つ人間面の要素をスポイルしてしまい、試合に現れた感情の動きがファンに伝わっていかない気がする。特に、この試合でのホーストの姿はあまりにも感情的で、そして人間臭かった。正確無比のローキックで相手の熱意をミリ単位で切り崩して行く、あの“ファイティングマシーン”の面影はすっかり消えていたと言っていいだろう。

どんな現役選手であっても生身の身体である以上、老いはかならずその肉体を蝕み、そして最後の決断を強いる。そして彼自身がいかに望もうとも、否応無しに世代交代の波は押し寄せて来る。「機械」に擬せられるほどの高いテクニックを持ち、自らの肉体を徹底した管理の下に置いた彼であっても、その事に例外は無い。本来なら、もう何時10カウントを聞いてもおかしくない状態であるし、ここ数年は明らかに衰えの兆候が試合にも顔を出している。

選手が引退を恐れる理由の一つは、現役を去った時に、訪れるファン達の忘却がある。自己証明の手段としてプロスポーツを選んだ人にとって、それは大きな問題だ。ただ、並の選手と違って、ホーストには歴史に埋もれる事の無い偉大な業績がある。あの過酷を極めるK-1GP制覇4回という成績は、決して忘れられる事の無い巨大なものだ。経済的にも十分すぎるほどの蓄えを得たはずである。傍目には、引退を阻む要素はない。

むしろ、若い選手に叩きのめされる「老残」を演じる事のほうが、彼の晩節にとってはダメージになりかねないのではないか。現に、近年のホーストは、(今やすっかり馬脚を現した) “ザ・ビースト”サップに二連敗を喫して、「バブル景気」ともいえるような衝撃的なステイタスアップに貢献してしまうなど、後進の若い選手の“踏み台”にされてしまうケースが少なくないし、健康不振でGP参戦を辞退するなど“脆さ”の目立つエピソードが多く、すっかり往年の怖さを失っている。

にもかかわらず、彼は言う。「今はそのときではない」と。
そうまでして、なぜ彼は現役にこだわり続けるのだろう?
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