ジェラルド・カーシュの短編世界
奇想短編で知られる著者のベストセレクション。「壜の中の手記」「豚の島の女王」などの名作がずらりと並ぶ豪華な1冊だ。 |
ジェラルド・カーシュは1911年にイギリスのミドルセックス州で生まれた。13歳でロンドンの専門学校に入学するも(すぐに)中退し、パン屋、レスラー、用心棒、新聞記者などの職を転々としつつ、1934年に"Jews Without Jehovah"で作家デビュー。様々な媒体に雑文と小説を発表し、1938年に上梓した"Night and the City"はベストセラーとなった。1950年にニューヨークへ渡り、1959年にはアメリカの市民権を獲得して帰化。アメリカでも多くの高級雑誌に短編を書き続けたが、1968年に癌のために死去。ジャンルを問わない奇想短編の書き手として知られる"異色作家"である。
カーシュの作品集は古くから邦訳されていたが、さすがに『オカルト物語』(1974年刊)と『冷凍の美少女』(1984年刊)は長らく入手困難になっていた。そこへ現れたのが『壜の中の手記』である。既訳を含む12編を収めた本書においては、ミステリー、ファンタジー、SFなどの分類はまったく用を成さない。たとえばアメリカ探偵作家クラブ賞を受賞した表題作では、アンブローズ・ビアスの失踪という文学史上の謎がファンタジックに綴られている。「骨のない人間」ではジャングルで発見された軟体人間を描き、「死こそわが同志」では武器商人の数奇な生涯を辿るという具合に、全編を貫いているのは卓越した奇想の存在だけなのだ(とりわけ「豚の島の女王」は絶品)。2006年刊の角川文庫版では――2002年に上梓された晶文社版から――2編が差し替えられているが、廉価なスタイルで再刊されたのは歓迎すべき事態と言えるだろう。
2003年に刊行された『廃墟の歌声』には13編が収録されており、古代都市の廃墟を探検する男が奇妙な生物に出逢う表題作、悪霊に追われるチェス選手の死闘「盤上の悪魔」、財宝を求めて地下洞窟を彷徨う「魚のお告げ」などのダークファンタジー風の奇譚をたっぷりと楽しめる。名作を集めた『壜の中の手記』には一歩及ばないものの、こちらもクオリティの高い作品集であることは間違いない。
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