エレクトロ起源説

先生:
じゃ、今のエレクトロ(ニューエレクトロ)の話をする前に、エレクトロのルーツについて語り合いましょう。

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Dance Album
今やエレクトロっておしゃれ音楽の仲間入りみたいですが、元々のエレクトロって・・・かなり硬派だと思うんですよね。80年代においてエレクトロとも呼ばれるエレクトロ・ファンクは、クラフトワーク(Kraftwerk)等のテクノを黒人ミュージシャンによる解釈とも言える近未来型ファンク。ヒップホップ初期の代表的なビート・ボックスを駆使したサウンドです。ルーツ・オブ・エレクトロと言えば、アフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)やNewcleusあたりになるんでしょうが、僕的には、そこから影響を受けた白人によるエレクトロ、The Art Of Noiseとかマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)なんかが当時の気分です。Art Of Noiseとかは、それ自体が“発明”だったと思います。みなさんにとって、その当時のエレクトロってどうなんしょう?

博士:
アフリカ・バンバータは、確か私の大好きなクリス・カニンガムのちょっとグロいPVとかがあって結構好きでした。Newcleusあたりは私の意識の中では完全にヒップホップでした。

当時はデジタルシンセ繁出の時代でシンセを主体としたサウンドが一般化し始めテクノのみならずファンク、フュージョン等、あらゆるジャンルでエレクトロと冠する先駆者が登場しました。中でも上記のアーティストは後のテクノのルーツ=エレクトロの創始者として引き合いにされますが私としては、それぞれかなりのイメージのギャップがありましたね。

特に黒人白人ミュージシャンのエレクトロへの解釈の相違。それがエレクトロと言うひとつのジャンル上で奇跡の様に同居している違和感が、面白かったですね。黒人ミュージシャンはシンセやDJセットというテクノロジーを得てどんどん生き生きしていくんですよ。ちょっと傾向は違いますが奇才サン・ラーに通じるような。ところが、Art Of Noiseなんてどんどん寡黙になって精神性さえ感じ始める。

これは一見最先端の様に見えて、当時まだまだプリミティブだったシンセテクノロジーの限界も関係していると思います。今ではダンスミュージックの王道みたいなループ系の作風も80年代当時リアルタイムで再現できるギリギリのパフォーマンスが定着してジャンルとして確立したと言っても良いでしょう。当時のエレクトロは、まだまだ未完成で突発的で不安定なものであったのです。

多くの黒人ミュージシャンはそのプリミティブさをむしろ西洋音楽にとらわれない“自由”の表現として捉えたような印象がありますね。彼らはシンセやスクラッチと言った新しい表現を得て西洋音階にさえとらわれないむしろ自分達のルーツに近い世界感を表現し始めます。延々とループする電子音もまるで大地に響くアフリカの太鼓の様です。一方、白人のミュージシャンにとってその不随意さはまるで決められた単純な事をひたすらこなすロボットの様に感じ、正確無比なループ音に無機質で非人間的な・・・あるいは前衛的で実験的なテイストを求めます。

まるで大昔のナスカの地上絵が、超未来のUFOの基地に見えるような不思議な感覚。 当時のエレクトロやデトロイトテクノの中には、そういう極めて人間臭い要素と非人間的な権化とが同居しているような不思議な雰囲気がありました。

先生:
博士、語りだしたら止まりませんね。

「黒人白人ミュージシャンの解釈の相違」というのはその通りだと思います。元々ディスコミュージックというのは、黒人のファンクな精神から生まれたもの。それをテクノという解釈で、繰り返しと正確なビートで再解釈したのが、クラフトワーク。そのクラフトワークのビートを再び黒人のファンクな精神で再々解釈したのが、エレクトロ(ファンク)。そして、それらに影響を受けて、あらたなサウンドの実験をしたのが、Art Of Noise。僕の中では、こんなエレクトロ進化論が成り立っています。

研究生:
僕ら世代(30代半ば)にとってエレクトロのルーツとなると、まず最初に思い浮かぶのがMTV時代のエレポップかと。Cut Copyもそのあたりを思い出させてくれますね。あとはクラフトワークやYMO、そしてそれらをルーツにしたデトロイトテクノかなぁと。

先生:
僕の一押し、Cut Copyについては後半で語りましょう~。