松武秀樹氏へインタヴュー

第4のYMOのメンバーとしても知られる松武秀樹氏がテクノライフ30周年を記念して、Logic System名義のもと放つアルバム、その名も『TANSU MATRIX』!幼少時の音楽体験から、今回のアルバム、最近のシンセサイザーにまつわる活動、テクノの盛り上がりなどについてお話を伺ってみました。

amazon.co.jpにあるCDは、ジャケ写からリンクできます。(amazon.co.jpにない場合、海外のamazonや他の通販サイトへ)
TANSU MATRIX
01. Turning Point - Epilogue
02. Hypnotize
03. Wandering On The Road
04. Digiphone
05. 桜繚乱
06. THOUSAND KNIVES
07. Sweet Memories
08. Nenkororo (MOSH)
09. LEFT-HANDED WOMAN
10. LOVE
11. Y.M.C.A.
12. a long cool rain
13. Go!! Rise!! Cow!!
14. Land of 1000 Dances
15. Some Enchanted Evening
16. Turning Point - Prologue


タンスを操作する松武秀樹氏


幼少時の音楽体験

ガイド:
たった1人のフルバンド
今回は松武さんにインタヴューできる機会が出来て、とっても光栄です。先ずは古いお話から聞かせてください。松武さんの歴史は日本のシンセサイザーの歴史でもあるので、質問しだすときりが無いかもしれませんが。松武さんが1981年に出された『たった一人のフルバンド』はとても好きな本です。YMOの本でもあるんですが、シンセサイザーに対する熱い想いが伝わります。お父さんの仕事関係で幼少の頃から音楽的に恵まれていたそうですね。お父さんは何をされていたのでしょうか?

松武:
読んで頂けて嬉しいです。父は原信夫さんのシャープスアンドフラッツの結成メンバーで、テナーサックス奏者でした。あの頃のビッグバンドはアメリカから入ってきたアレンジをそのまま演奏するのが主流でしたけど、シャープスアンドフラッツは日本人のアレンジャーを起用して大胆な表現をしてたんですよね。ある意味ではそれも僕のテクノ人生のルーツかも知れない(笑)。あとは、親父はジャズの他にも、大陸的な曲調の歌謡曲とかイージー・リスニングもいっぱい聴いてたんで、僕も小さい頃から自然といろんな音が耳に入って来てたんだと思います。

冨田勲先生へ師事

ガイド:
その後、千代田電子技術専門学校を卒業して、冨田勲先生に師事されるわけですが、振り返って一番学べたことは何だったのでしょうか?

松武:
近未来の電子工学と、電子計算機(コンピューター)の応用工学ですね。僕がよく言っている「テクノは忍耐」は・・・19歳で冨田先生に弟子入りしてから、プロの現場で学んでいったことですけど、学校ではそこは教えてくれてなかった(笑)。

MAC設立

ガイド:
その後独立して広告音楽制作会社「MAC」を設立されるわけですが、当時自分で会社を立ち上げて、かなり高価なシンセサイザー(Moog III-C)を購入されたと思いますが、これはかなり大きな冒険だったのでは?

松武:
もちろん、パトロン会社がありました。でもYMOに参画しなければ返済できなかったでしょう。振り返ってみれば無謀ですけど、23歳位だったんで勢いで。まぁ、若さの特権と言うことですね。