ポルトガルの血が流れるLioはベルギーのRomanticというNew Waveシーンで活動し、TelexのMarc Moulinの強力なバックアップの元に弱冠16歳で、シングル『Le Banana Split』でデビューしました。Telexは、Kraftwerk、YMOと並ぶテクノポップの模範とも呼べるトリオです。越美晴も、Telexと一時活動していましたね。

LioはElli et Jacno(エリとジャクノ)の母体となったフレンチ・パンク・バンドのStinky Toysのファンでありました。ElliとJacnoは、彼女に初期のStinky Toysの曲『Lonely Lovers』を提供する。『Amoureux Solitaries』と改題されたこの曲は、80年におけるヨーロッパでの最大のヒットとなりました。また、『Amicalement Votre』(邦題『恋はAMI AMI』)は、倉田まりこがテクノ歌謡的カヴァーをしました。

Close Upにも登場したNew MusikのTony Mansfieldも、89年にシングル『Tu Es Formidable』をプロデュース。96年のアルバム『Wandatta』(ジャケ買いした人もいるだろう)では、日本の民謡のビートを取り入れた実験的作品にも挑戦しています。彼女のジャケは、どれも見のがせません。

ここで、フランスのニューウェイヴ・シーンについて簡単に触れたいと思います(フランス人のPhilippe Doro氏から多くを教わりました)。

60年代のフランスでは、シャンソンの新しいムーヴメントとして、フランスのアイドル歌謡とも言えるYEYEのブームが起こりました。Claude Francois、Sheila、Sylvie Vartan等が代表的なシンガーです。Elli et Jacno、Etienne Daho、Lio等は、そのYEYEがニューウェイヴ化したものとしてNOUVEAUX YEYESと呼ばれていました。