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アメリカン・プログレ・ハード・ロック(産業ロックとも言う)界のヒットメイカー、スティックスの「ミスター・ロボット」! 日本語が出てくるのは申し訳程度ですが、「Mr. Robot」でなくて「Mr. Roboto」である事がとても重要。アルバム『Kilroy Was Here』(1983年)は、スティックスの汚点とする人もいますが、これはスティックスが調子に乗ってニューウェイヴ的暴走をした時代の刻印とも言えます。映画『オースティン・パワーズ ゴールドメンバー』で、マイク・マイヤーズが日本人悪役の名前を「ロボト」(ロボト社の社長)としたのは、記憶に新しい。「A Flock Of Seagulls」もギャグで出てきますが、日本語対訳では「かもめのジョナサン」・・・トホホ。

僕が人生最初に買ったであろう日本語洋楽が含まれていたアルバムは、ジョン・レノンの『Mind Games(ヌートピア宣言)』(1973年)だと思います。その曲は、「あいすません」。小野洋子に謝っているんでしょう。当時、この小野洋子が母なる大地になっているジャケには、違和感がありましたが(今でもある)、『Sometime in New York City』とは違い、このアルバムは愛聴しておりました。政治的でも難解でもない、音響感覚もあるポップ・アルバムです。

テクノ THE ビートルズ
はい、菊地です

ビーチ・ボーイズのアルバム『L.A. (Light Album)』(1979年/リンクは『M.I.U.』との2-in-1アルバム)では、遅れてきたビージーズ的ディスコ曲「Here Comes the Night」をやっていますが、同じくらい涙ぐましい日本語ソング「想い出のスマ浜」。当時、80年代の須磨には人気デートスポットとしてウェザーリポートというカフェがあった事が懐かしく思い出されます。

ビートリッシュ、特にポール・マッカトーニー・フリークのイメージが強いジェリーフィッシュですが、来日した際、ピンクレディーの「SOS」を披露しています。YMOを「WANTED」やってましたし、ピンクレディーは意外と侮れません。4枚入りボックスセット『Fan Club』(2002年)に「日本のテレビ番組」と「クラブ・クアトロ」のヴァージョンを収録(ジャケは日本盤ですが、リンクはアメリカ盤)。