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その5 MIDI的音楽観とジャズの未来(3ページ目)

シリーズ「ジャズ鑑賞のWhere & How」。第5回はMIDIの登場によって変容した音楽観と、ジャズの行方について考える。

執筆者:鳥居 直介

ポストMIDI時代のジャズの行方

MIDIがもたらした音楽観の変革は、それまで数千年にわたって根付いてきた音楽の持つ神秘性を揺るがした。

楽譜が普及しても、演奏家がそこに存在しなければ音楽を聴くことができなかった19世紀。レコードが普及しても生演奏そのものはしっかりと神秘性のベールを帯びていた20世紀。

しかし20世紀末、MIDIが登場したことによって、音楽演奏が持っていた神秘性は今まさに、危機に瀕しているのではないだろうか。

DTM・デジタルレコーディング
近年はDTMも非常に安価で楽しめる。PCさえあれば、写真のE-MU0404 Second Editionなどは何と9,800円である。(写真がAll About「DTM・デジタルレコーディング」記事にリンク。
実際には、今も昔も、人の心を揺さぶる音楽を演奏できる人間は限られている。しかしながら、私たちはどこかで「演奏技術さえあれば自分にもできる」という気持ちを抱いている。実際、DTMに手を出すと、どんな凡人でもいっぱしのミュージシャンになった気分になれる。ミュージシャンは「神の代理人」よりは、鍛え上げた技術を持った「人間」に近づいたわけである。

こういった時代において、ジャズミュージシャンは自らの立ち位置をどう定めてきたのだろうか。

例えばこうしたMIDI的な音楽観を受け入れるなら、音韻情報的に同じような和声やフレージングを繰り返すわけにはいかなくなる(と考える人間が登場する)。畢竟、「バークリー病」などと揶揄されるような代理コードの嵐や、オルタードスケールを詰め込んだようなフレージングを重ねる結果となる(もちろん、中にはすばらしいものもあるけれど)。この方向性はアマチュアジャズミュージシャンによく見られるし、プロでもこういった方向性を続ける人もいまだ少なくないが、2006年現在で見る限り、この方向性は限界を迎えているといっていいだろう。何せ、そんなことだったらそれこそシンセサイザーに自動演奏させるのが一番早いのだから。

逆に、MIDIに欠落している音響情報に活路を見いだす者もいる。今、若い世代のジャズファンに人気なのも、この方向性だろう。菊地成孔らのように、ありとあらゆる音響情報の化学反応を楽しむグループもあれば、キース・ジャレットのように、ピアノという楽器が持つ音響の可能性を追求するジャズメンもいる。

小曽根真『WIZARD OF OZONE~小曽根真ベスト・セレクション』
小曽根真『WIZARD OF OZONE~小曽根真ベスト・セレクション』
90年代以降、安定した人気を誇るジャズピアニスト・コンポーザーである小曽根真。その演奏・作曲に気負いはない。
一方、音韻-音響といった二項対立そのものに背を向けるミュージシャンもいる。これは「脱MIDI」と言ってもいい方向性であり、EQや小曽根真らの音楽には、音韻・音響が不可分だった時代の率直さのようなものがあって心地よい。上原ひろみに至っては、世代的にMIDIの存在が自明であり、一昔前のジャズメンにあった「新しい音楽を創造しよう」といった気負いがない、実に自然な演奏活動を展開しているように僕は思う。

MIDIの誕生は技術革新ではあるが、それが音楽に与えた影響はミュージシャン・リスナーにまたがる音楽観の変容を中心としたものだったと僕は考えている。あたかも音韻情報のみによって、音楽が構築されるかのような錯覚・妄想。誕生から約20年を経て、ジャズシーンはようやく、MIDIの衝撃を受容し、新しい一歩を踏み出そうとしているのかもしれない。
ジャズ鑑賞のWhere & How
その1 Jazz meets iPod!
その2 CDとLPの共存共栄?
その3 ライブ体験は「一期一会」
その4 ジャズライブハウスの未来
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