うなぎ
東京近郊のおすすめうなぎ店
東京近郊のおいしいうなぎのお店をご紹介します。
記事一覧
金のうな丼とうなぎ尽くしコースが人気!「川昌本店」
ガイド記事山室 賢司女性に人気のうなぎのムースとは!?女性グループのお客様も多いという、埼玉「川昌本店」の創業は1981年(昭和56年)。現在は二代目となる飯塚料理長が担当する。古い醤油蔵を移築した建物に重厚な梁のある店内内装は先代が手掛けたという。今回は鰻創作料理の「うなぎ尽くしコース」をご紹介するが、もちろんグラン...続きを読む
うなぎ絶滅危機を救え!うなぎの街、浦和の取り組み
ガイド記事山室 賢司うなぎの街、浦和とは江戸時代より中山道の宿場町(日本橋から三番目)として繁栄した浦和。当時の浦和周辺は沼地が多く、川魚が多く生息する水郷地帯で、魚釣りなどを楽しむ行楽客で賑わっていたそうだ。その行楽客に沼地でとれた鰻の蒲焼を出したところ、味が良いと評判になり中山道を行きかう人々に喜ばれたという。大正...続きを読む
クセになるコクと味!うなぎラーメン 亀戸「八べえ」
ガイド記事山室 賢司うなぎのラーメンは鰻屋さんにあった「うなぎラーメン」をいただけるお店は亀戸天神の門前にあるという。ちょうどJR総武線亀戸駅と錦糸町駅の中間あたりだ。歩くこと15分ほど、せっかくなので亀戸天神に立ち寄り、お参りをしてから亀戸天神門前のラーメン屋、いや、鰻屋さんへ。そう、「うなぎ活魚天ぷら八べえ」という...続きを読む
関東うなぎ料理人の総本家「入谷鬼子母神門前のだや」
ガイド記事山室 賢司「のだや」が”関東のうなぎ料理人の総本家”と言われるワケメディアなどで多数取り上げられている「入谷鬼子母神門前のだや」は、最寄はメトロ日比谷線入谷駅で徒歩1分ほど、鶯谷駅からも歩いて5分、入谷鬼子母神の言問通りを挟んだ向かいにある。「のだや」の歴史は1868年(明治元年)に創業した調理士会「野田屋東...続きを読む
二種類のタレで食べ比べ「うなぎ創作 鰻樹 -manju-」
ガイド記事山室 賢司うなぎ創作料理の新しいお店「鰻樹-manju-」こちらの店主鈴木さんは、鰻問屋を経験した後、埼玉県松伏の「川昌本店」で修業後、独立して2015年8月に埼玉県吉川に「うなぎ創作鰻樹-manju-」を開店した。武蔵野線吉川駅からは徒歩1分、お店はビルの2階、ちょっと隠れ家的な雰囲気だ。店内はモダン和風の...続きを読む
鰻屋でせかすのは野暮というもの 新御徒町「やしま」
ガイド記事山室 賢司注文を受けてから鰻を裂く「やしま」都営大江戸線、新御徒町駅近くの「やしま」に行く。新御徒町駅からは歩いて2分ほどだが、時間がある日はちょっと歩きたい、JR御徒町駅からは約10分。テーブル4卓とお座敷6卓。手入れの行き届いた純和風の内装でホッと落ち着く店内だ。メニューはシンプル、うな重上2900円、特...続きを読む
俺のうなぎ!新スタイルの鰻屋さん登場「銀座ときとう」
ガイド記事山室 賢司“新しい鰻店”は斬新でお洒落な店内2014年7月、“新しい鰻店”をコンセプトに銀座に新しい鰻屋さんが開店した。「銀座ときとう」は、俺のシリーズを展開している「俺の株式会社」が母体となっている。俺のシリーズの鰻バージョンが銀座にオープンしたのだ。ただ、店名には「俺の」ではなく店主のお名前「ときとう」を...続きを読む
トロトロにとろける幸せ!! 麹町「うなぎ秋本」
ガイド記事山室 賢司数寄屋造りの建物に情緒あり現在の千代田区麹町、半蔵門からの甲州街道沿いにあり、古くは旗本屋敷や商家などでが置かれ日本橋と並んでの繁華街だったようだ。1878年(明治11年)から戦後1947年(昭和22年)まで麹町区であったが、神田区と合併し現在の千代田区となった。今回は麹町の老舗「うなぎ秋本」を訪ね...続きを読む
ラストエンペラーの弟も訪れた鰻の老舗「高嶋家」
ガイド記事山室 賢司日本橋小舟町の老舗「高嶋家」創業1875年(明治8年)の日本橋小舟町高嶋家。創業当時は東京神楽坂だが、後すぐに日本橋小舟町に移転。関東大震災、東京大空襲などで店舗の立て直しを経てきたという現在の小舟町の店舗は、ビルに囲まれた界隈に老舗らしさを残している。店内一階はテーブル席があり、履物を脱ぎ木製の重...続きを読む
生蒸のうなぎとおもてなしの心「活鰻の店つぐみ庵」
ガイド記事山室 賢司要予約の理由実はこちらのお店、うなぎ仲間から教えていただいた。無計画な自分は翌日には駒込に向かっていた。駒込駅前のアザレア通りを抜け小さな町工場がある静かな住宅街へ、お店の前に到着したが外観は普通の住宅だ。開店は12:00と聞いていたが、暖簾が出ていない。いきなりお宅に押しかけるのも失礼かと思い電話...続きを読む