世界に1頭だけのゾウガメ
もちろんピンタゾウガメほどではありませんが、ガラパゴスゾウガメのすべての亜種は、絶滅の危機に瀕している生き物であると言えます。ガラパゴス諸島は1535年に発見された後、海賊の根城になってその食料とするためにヤギが移入されたり、大航海時代には長い航海の間の保存食として乱獲されたりしてゾウガメの数は激減してしまいました。さらにいくつかの島ではゾウガメは絶滅してしまっています。
そのためチャールズダーウィン研究所では、それぞれの個体群の増殖事業の取り組みを行っています。
ピンタ島でも、先述のように1906年に発見された個体を最後に、ゾウガメは絶滅してしまったと考えられていました。しかし1971年12月1日にアメリカの生物学者夫妻が偶然にピンタ島でゾウガメを発見しました。その後、そのゾウガメは保護されてサンタクルズ島にあるチャールズダーウィン研究所内で飼育され始めたのです。調べてみると、この個体はオスではあったのですが、なぜか50年代にアメリカではやっていたコメディアンのニックネームに由来して「ロンサム・ジョージ」と呼ばれるようになりました。
かつてピンタゾウガメが生息していたピンタ島は、面積が60平方kmで、ちょうど日本の八丈島と同じくらいの広さですが、その後の何度にも渡る調査でジョージ以外のピンタゾウガメは発見できませんでした。
ゾウガメに、どれほどの感情があるのかは知るよしもありませんし、果たしてピンタ島でジョージ以外の最後の個体が、いつ死んでしまったのかもわかりません。しかし、ジョージはきっと何十年間も、来る日も来る日もたった1頭で黙々と草を食べている生活を続けていたのでしょう。私たちには想像もできない孤独感を感じていたのかもしれません。
地球上でたった1頭になってしまったゾウガメは、生物学的な意味以上のことを私たちに訴えかけてきているような気がします。
ジョージの子孫
私たち人間のせいで、たった1頭になってしまったピンタゾウガメを、また人間の力で数を増やそうという試みは、当然でもあり義務かもしれません。先述のように、ジョージには別の亜種のメスとのペアリングが試みられています。
亜種間の交雑というのは、趣味として爬虫類を飼育する場合には、意図的であるにしろそうでないにしろ、ときどき行われますが、さまざまな弊害が起こることも予想されています。
チャールズダーウィン研究所でも、ゾウガメの保護増殖事業を始めた頃は、亜種間の交雑をさせたこともあるそうですが、ほとんどが無精卵であり、孵化した3分の1はアルビノで短命であった、という報告もあるようですから。
しかし、それでも私たち人間のせいで、地球上でたった一匹になってしまったピンタゾウガメの遺伝子を残すためにはチャレンジをしなくてはいけなかったのです。
残念ながら、そういう弊害を知っているのか、ジョージは異なる亜種である2頭のメスに対して興味を持たなかったり、興味を持っても交尾が上手くいかなかったりと長い間、繁殖に至りませんでした。
この原因の一つにジョージの年齢の話が出てきます。つまりジョージの年齢は80歳を超えていると思われるので、高齢であるから繁殖できない、と。
しかし、これまでの研究からゾウガメの80歳程度は、人間のそれと異なり、性的にもっとも盛んであり、まだまだ繁殖は十分可能であると考えられています。
そんな中で、世界中に知らされた「ロンサム・ジョージの卵が得られたかもしれない」というニュースなのですから、イヤが応にも期待が高まってしまいます。
ただし、先述のように雑種の孵化率は悪いということが知られていますので、まだ喜ぶのは早すぎるでしょう。また、私たち両爬飼育者なら、飼育した個体から得られた卵を正常に孵化させることがどれくらい難しいことであるかは容易に想像がつきますし。
しかし、それでもこの壮大で途方もなく時間がかかる事業に取り組んでいることは、立場は違っても同じ「両生類や爬虫類を飼育下で繁殖させていきたい」という気持ちを持っている私たち両爬飼育者にとっては、自分たちの延長線上にある話のような気がして心強く感じられます。
私たちが行っている両爬の飼育下での繁殖の実績は、必ずいつか役に立つ日が来るのだと確信を持つことができました。
今は、両爬好きの人間として私も純粋に「ジョージの子供」の元気な姿を見てみたい気持ちで一杯です。
そして、近いうちに「ひとりぼっちのジョージ」ではなく「父親としてのジョージ」になる日が来ることを祈ってやみません。
近縁種のアルダブラゾウガメのベビー |
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