寺・神社/京都の寺・神社

京都の大穴場、山崎のお宝寺とアート散歩(2ページ目)

京都と大阪の間にある山崎は、観光客は少ないけれど、見どころの多い穴場です。美しい十一面観音のあるお宝寺(宝積寺)からスタートし、お隣の山荘風美術館などでアートを堪能。

吉田 さらさ

執筆者:吉田 さらさ

寺・神社ガイド


宝寺には、
文字通りお宝がいっぱい

宝積寺は、山崎の駅から急坂を登ったところにあります
山崎の中心となるお寺は宝積寺。正式名称は「天王山宝積寺」といいますが、電話をかけても、出た方が、「はい、宝寺です」とおっしゃるほど、通称が有名です。建立は古く8世紀とされ、平安末期から宝寺の通称で親しまれてきました。

打ち出と小槌は、このように別物です。聖武天皇がまだ太子のころ、夢に龍神が現れ、打ち出と小槌を遣わされたとか
こちらはまず大黒天が有名です。打ち出と小槌(一般的には「打ち出の小槌」と言いますが、実は打ち出と小槌は別のものです)のある大黒堂で祈祷を受け、御加持を受けた黄色い財布を持って、仁王門まで、口をきかず、ふり向かずに帰ります。その後、その黄色い財布にお金や貯金通帳を入れておくと、お金がどんどん貯まるとのこと。大阪に近いせいか、まずは現世利益が中心なんですね。


山崎の歴史とともにある
古いお寺です

夏目漱石にも愛された三重塔
こちらの寺は、その大黒様のご利益が絶大だったことや、三つの川の合流地点にあり、交通の要所でもあったことなどから栄えに栄え、戦国時代は、豊臣秀吉と明智光秀が天下を賭けて戦った山崎合戦の舞台ともなりました。京都と大阪の中間地点にあるということで、山崎は、戦国武将にとっても重要な場所だったのです。

プロ野球のペナントレースで、よく「この試合が天下分け目の天王山だ」などといいますが、天王山とは、もともと宝積寺の山号で、現在もこの寺のある山を天王山と呼びます。今は静かで小さな寺だけれど、昔から、日本の歴史の中で重要な位置を占めてきたのです。


美しい十一面観音様

美しい十一面観音。少し暗いけれど、金色の彩色が残っているのがわかりますか?
こちらは知られざる傑作仏像の宝庫でもあります。わたしのお目当ては、鎌倉時代の美しい十一面観音。優しいお顔立ちでふくよかな体つきの素敵な観音様です。京都に観音様は多いですが、これだけ穏やかな表情の方は、ちょっと珍しいかも。

金色の彩色も、一度も修復したことがないとのことですが、きれいに残っています。京都は、有名な仏像が多いけれど、こうした小さなお寺に残された知られざる仏様と心静かに対話するのが、わたしは好きです。


閻魔様は
本当は優しい人だった

顔は恐いが、本当は優しい閻魔様
閻魔大王とその眷属御影たちも、見逃してはいけません。閻魔様は、亡くなった人の罪状をはかって地獄行きかどうかを決める恐い人、というイメージがあり、実際こちらの閻魔像も、とても恐い顔をしているのですが、実は、閻魔様は、亡くなった人の話を聞くたびに、同情して泣いてしまうほど心優しい人だったということで、仏教の世界では、閻魔様は、慈悲深いお地蔵さんの化身とされています。

眷属というのは、中心となる仏様を助ける手下のようなものですが、やはり、それぞれに罪状をはかる役目を持っているため、恐い顔をしています。しかしこれも、「罪の重さは、閻魔様一人では決められない。皆で話し合って決めよう」という、まことに理にかなった意味があるのだとか。つまり、現代の裁判のシステムと同じなのです。

閻魔様とその手下たちの間に立っているのは、副住職の寺石典亮さん。山崎と宝寺の歴史の生き字引のような方です


ピサの斜塔なみに曲がった石塔もあります。こんなに曲がっているのに、阪神大震災でも倒れませんでした
●閻魔様とお地蔵さんの関係については東京の神社仏閣謎巡り 新宿大閻魔編もごらんください。

■宝積寺
・所在地:京都府大山崎町大山崎銭原1番地
・交通・アクセス: JR 東海道本線山崎駅下車 徒歩15分
・地図:Yahoo!地図情報
・HP大黒天宝寺 宝積寺

次のページでは、庭園と洋館が美しい大山崎山荘美術館でアートを堪能します。
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