神社仏閣は遊びに行くところ?

浅草寺
浅草寺は、東京の中で、もっとも「遊びに行く感」の強い、ある意味伝統的な寺です
日本人が神社仏閣に行くのには、大きく言って二つの目的があります。ひとつは、何らかの願いごとを叶えるため、あるいは、ご先祖の霊を慰めるための「お参り目的」。もうひとつは、娯楽として出かける「物見遊山目的」です。わたしの場合、むろん、仏像の前などでは一応手を合わせるものの、圧倒的に後者の要素が高く、単なる趣味のひとつと考えています。つまり、ディズニーランドに遊びに出かけるのとそう変わりません。

「宗教的な施設である神社仏閣を遊び場呼ばわりするなんて、不謹慎だ」と、眉を顰める方もいらっしゃるでしょう。しかし、実を言えば、昔の日本人だって、宗教的な目的だけで神社仏閣に出かけていたわけではありません。

江戸時代の神社仏閣は、庶民のレジャーセンターだった

浅草寺参道
神社仏閣に遊びに行く大きな目的のひとつは、参道のお店探索です
平安時代や室町時代の人々が、神社仏閣の境内で花見の宴を開く様子を、絵巻物などで見かけることがあります。歌舞伎などの芸能も、もともとは、神社仏閣の境内で行われていたものです。

また、江戸時代には、庶民階級の人々が力を持つようになり、信仰もぐっと庶民化。神社仏閣とその周辺には、食べ物屋、見世物小屋、遊郭などが建ち並び、「珍しいものを見る、うまいものを食べる、男女交際をする」など、ありとあらゆる人間の欲望を満たすためのレジャーセンターのようなものに変貌しました。お参りという神聖なはずの行為に、レジャーをくっつけて楽しんでしまうところが、江戸の人々のバイタリティと諧謔性の真骨頂です。

浅草の芝居小屋
浅草寺近辺の芝居小屋。お寺周辺にエンターテインメント施設が多いのは、江戸時代以来の伝統です
現在では、他にも娯楽の場が増えたため、神社仏閣が持っていた「物見遊山」という側面は忘れられがちです。奈良や京都の著名な寺では、「観光」という要素があるため存続していますが、東京では、そうした歴史が見えにくくなってしまったのです。

しかし、東京は、かつては、神仏混交という日本独特の宗教がもっとも爛熟して大発展した江戸という街だったので、丹念に探せば、庶民の宗教観や暮らしぶりを伝えるエリアが、あちこちに残っています。

その代表例が浅草。浅草寺の敷地内には、今も、江戸庶民のパワーを伝えるかのように、数々の仏様や神様を祀ったお堂やら神社やらが渾然一体と建ち並び、周辺には、食べ物屋、芝居小屋など、さまざまな遊行施設がひしめいています。これこそが、日本の神社仏閣の伝統的な姿。聖なるものも下世話なものも、庶民の願望のすべてを飲み込んできた懐の深いお寺や神社で、あなたも遊んでみませんか。

次ページでは、わたしの地元、新宿の寺に遊びに行きましょう。